第4話 スキル『カク・ヨム』

最初は違和感があったが、家族から日々、ロランと呼びかけられているうちに高橋文明からロランに生まれ変わったことを受け入れることができるようになった。

もう自分を文明(ふみあき)と呼んでくれる人はこの世に誰もいないのだ。


六歳になった年の夏のある日、ロランは父アキムに連れられ、地主であり貴族領主でもあるダンマルタン子爵の治める城下町カルカッソンを訪れた。

カルカッソンは城塞都市になっており、勇壮で堅固な城を背景に物々しくも活気ある趣だった。

カルカッソンへの入り口は跳ね橋になっており、門番が配置され、町に出入りする人々を管理していた。

アキムは手続きを済ませるとロランを連れて、カルカッソンの大聖堂に向かった。

六年もの間、閉鎖された集落で過ごしたせいもあるが、ロランにとって町の喧騒は刺激的だった。石造りの建物に、敷石で舗装された道。観光パンフレットでしか見たことのない中世の街並みが目の前に広がっている。


「お父さん、これからどこに行くの?」


子供のようなしゃべり方も六年の間にすっかり板についた。

この世界の言葉は自由に話せるようになった。読み書きも母が農民ながら教養ある人で教え上手だったこともあり、割と苦も無く習得できた。


「大聖堂だよ。ロランと同じ年の子供たちはその生まれ月ごとに大聖堂に集まって、司祭様からスキル取得の洗礼を受けるんだよ」


スキル取得!


ようやく異世界っぽいの来た。

そうか、このパターンか。希望が見えてきた。神様と面談じゃなくて、聖職者からスキル判定されるパターンも王道だよね。失念してた。


「お兄ちゃんたちもスキルを神様からスキル貰ったの?」


「ああ、マルタンは≪農作業≫、カンタンは≪作物知識≫、シモンは≪収穫≫だよ。ちなみに父さんは≪農地運営≫、母さんは≪家事≫だ」


見事に農民系のスキルばかり。スキルも遺伝とかあるのか。このままだと俺も農民系スキルの確率が高いじゃないか。母さん似だとしても生活に根差したスキル。

農民系スキルや家事スキルが別に悪いわけじゃない。世の中に必要なスキルだ。

だけど異世界の醍醐味は、やはりチートスキルでしょ。

剣や魔法の強スキル。マジックボックス。最悪でも鑑定とか。

実際に戦うのは嫌だけど、持ってればどこかの貴族の養子を打診されたり、王族と見合いの話が舞い込んだりとか夢が広がるよね。

閉鎖的な農村の暮らしから脱出するには、このイベントにかけるしかない。


そして、シモン。お前はいつも俺の食事皿から≪収穫≫してたわけか。

チートスキルをゲットしたら、覚えておけよ。


「父さんの希望を言わせてもらえば、ロランのスキルは≪除草≫か≪害虫駆除≫だとうれしいんだがな。≪天候予知≫とかだと高望みし過ぎかな」


アキムの頭の中は、農業のことでいっぱいのようだ。息子がレアスキルや立身出世できる有用スキルを引き当てることなどは想像さえしていないようだ。

頭の中は、農地とあの狭い閉鎖された農村のことだけのようだ。


大聖堂につくと自分と同じくらいの年の子供たちが親に連れられ列を為していた。

アキムの説明によると一日に洗礼を受けられる人数は決まっていて、今日はまだ少ないとのこと。それでも五十人以上はいそうだ。


大聖堂の中は広く、白い壁面や天井には宗教画らしきものがたくさん描かれている。

奥に見える人が司祭だろう。

白い髭にふくよかな顔、白の布地で作られた司祭着を着ている


自分の番がくるまで半日くらいはかかりそうだと思ったが、これから授かる自分のスキルについて妄想しているとすぐ自分の番が迫ってきた。


自分の前の子は、≪剣術≫を授かったようで大喜びをしていた。そのさらに前の子は≪武器鍛冶≫だった。

スキルを授かるときは司祭が差し出す宝珠に手を添えるのだが、スキルの希少度や強さによって、様々な光を放つのだ。

自分が見た中では≪剣術≫をもらった子の時が一番強い光を放っていた。

夜に見る外灯ぐらいの輝きだった。その他の子たちは、ほんのりひかる程度だったり、かすかに明滅するだけだった。一人だけ赤い淡い光の子がいたけど、何のスキルを授かったかまでは確認できなかった。


『六十四番。ウソン村のロラン。こっちに来なさい」


名前が呼ばれた。チートスキルよ、きてくれ。俺にチャンスを。

ギブミー、ア、チャンス!カモン、マイ、チートスキル。


「ロラン、どうした。はやく、こっちに来なさい」


司祭様に怒られてしまった。

アキムに背を押され、司祭様の前に出る。


「さあ、この宝玉に手をあて、神に祈るのです」


ロランは差し出された台座付きの宝玉に手を乗せ、祈る。

宝玉はボーリングの玉ぐらいの大きさで、半透明だった。

宝玉はほんのり温かく、普通の石とは違う感触だった。


「神様お願いします。僕にスキルを授けてください」


頼む。頼む。頼もう。神様、仏様。チートスキルを我に。


必死だった。顔を真っ赤にして祈る。


宝玉は突然、幾筋もの鋭い閃光を放ち、光輝いた。

光の色は、白だけではない。

赤、橙、黃、緑、青、藍 、紫。

レインボー。

他の色もあるぞ。

レインボーを越えた、超レインボー。

光は次第に強くなり、大聖堂の広い室内空間を満たしていく。

あまりに強い光のせいで、思わず目を閉じそうになる。

そうして暫く光輝いた後、宝玉に文字が浮かび上がる。


「ロランが授かりしスキルは『カク・ヨム』である」


司祭は興奮を抑えきれない様子で高らかに宝玉の文字を読み上げた。

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