第3話 記憶を持ったまま農民に転生とか

楽しいことなど何もない退屈な赤さん生活だった。

自分では身動きも満足にできず、娯楽も何もない。身の回りで何かあっても泣いて不満を訴え続けるしかない。

そして、とにかく眠い。腹が満ちると途端に睡魔が襲ってきて、空腹や下半身の不快に気づき、目覚める。これを繰り返し続ける。


この世界での母親は、アンナという名前で、栄養状態が良くないのか母乳の出が悪く、俺はいつも腹を空かせることになった。近所のほかの女性の乳を分けてもらってようやく生き延びたのだった。

おっぱい天国だと思うかもしれないが、母親はもちろん乳をくれる他の女性にもそういう気分にはならない。

なにしろ体は赤ん坊なんだから当たり前だ。

欲情なんかするわけがないし、そういう体の機能は発達してないんだろう。

重要なのはたくさん乳が出るかどうか、ただそれだけだ。


父親の名前はアキムといい、地主貴族の農園で賃金を貰って働く、小作農だった。

アキムは子煩悩で心の優しい男だった。争いごとは苦手で、働き者。人望もあり、農園では、若くして小作農集団のまとめ役を任されていた。


アキムとアンナの間には四人子供がおり、俺は四番目の末っ子だった。

子供は上から順に、長男マルタン、次男カンタン、三男シモン。そして四男の俺はロランと名付けられた。

小作農の暮らしは決して豊かとは言えず、母乳を卒業すると、兄弟間の生存競争を余儀なくされた。

食事は戦争で、のんびり構えていると他の兄弟に横取りされる。

特に三男のシモンは、親の目を盗んでは頻繁に俺の皿にある食事に手を伸ばしてきた。

必死に抵抗したが二歳の年の差は大きく、抗うことはできなかった。


一番生命の危機を感じたのは四歳の時に、流行り病にかかってしまった時だ。

高熱と酷い腹痛で十日ほど苦しんだ。両親は村の医者に覚悟するように言われたそうだ。熱さましの効果があるという薬湯と自らの免疫で何とか命をつないだ。


俺と家族が暮らしたのは、ウソンという村で、人口百人に満たない小さな集落だった。集落は農地を中心に形成されており、隣の家までかなりの距離があったので、遊び相手は年の離れた兄弟だけで、友達と呼べる存在はいなかった。母に従って、家の手伝いをし、合間に年上の兄弟のおもちゃになる。

大人の記憶を持ちながら、子供の遊びに付き合うのは苦痛以外の何物でもなかった。

木の枝を振り回す兄たちの騎士道ごっこに付き合わされるのが嫌で、納屋や家畜小屋に隠れて一人で過ごすことが多くなった。

生まれ変わっても、高橋文明だった頃と何も変わっていない。


一人で孤独だ。


六歳になるまでは村から出ることはなく、異世界に転生したという実感はほとんどなかった。

外国の貧しい農民に生まれ変わった。ただそれだけ。

優しく素朴な両親と気が合わない三人の兄弟との生活。

刺激もなく変わり映えしない貧しく苦しい村の暮らし。

活字が恋しかったが、本や小説などという文化的で高価な物は無い。


六歳までは閉鎖的な狭い世界で過ごした。




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