第七章 人間賛歌

第400話 人間讃歌は勇気の賛歌

人間讃歌は「勇気」の讃歌。


人間のすばらしさは勇気のすばらしさなんだ。


「勇気」とは「怖さ」を知ること。

「恐怖」を我が物とすることなんだ。


前世において愛読していた、とある名作漫画の第一部でそのような内容の台詞があった記憶がある。



俺はかつて、リヴィウス神に恐怖し、わが身可愛さから、その軍門に下った。


強さだけは別格であると認めていたシーム先生を倒し、強力な闇の眷属を数多く従えるリヴィウス神に比べれば、俺など「巨大な敵に立ち向かうノミ」であった。


あの時点で抗い、戦いを挑んだとしても無駄に命を捨てるだけで終わったであろうし、それを「勇気」だとは俺は思わない。


その現実を冷静に分析し、それ受け止めた上での決断であったわけだが、今でもその判断は間違っていなかったと胸を張って言える。



≪堕天≫により、人間から魔族になってしまったこともあり、もう俺は魔族として生きていくのだと覚悟を決めていた。


魔族の嫁をもらい、魔族の部族の族長になり、魔族の国の重臣の一人になった。

魔族としての俺の守るべき家族、愛人、周囲の親しくなった人々。

それらはすべてエゼルキアにあるし、コミュ障なりに築き上げてきた同僚魔族との関係も意外と心地よいものになっていた。


魔族ではなくなってしまった今もそれらを手放すつもりは決してなく、それゆえに俺は一度戻らねばならないのだ。


あの強大で、得体の知れぬ恐ろしさを感じていたリヴィウス神に会うために。



エゼルキア神帝国の国境が見え始めると、やはりそこにはもうすでに外部からの侵入を防がんとする魔族たちの姿があった。


エウストリア王国と接する最重要拠点の守備を任された選りすぐりの魔族たちだ。


空を高速で飛んで近づいてくる得体のしれない存在に、彼らはとっくに気が付いていたのである。


しかも二千年前の仇敵である守護天使を二人も連れての接近である。


警戒しない方がおかしい。


「あわわわわっ、ロランくん、まさかこのまま闇の勢力と一戦交えるつもり?」


ジブリルが心配そうな様子で声をかけてきた。


「いや、そのつもりはないけど」


ロランは魔族たちのかなり手前で減速し、地上に急降下すると徒歩で国境に造営された砦の方に歩き始めた。


ジブリルとファヌエルもそれに倣い、続く。



「に、人間風情が、天使どもを連れて何の用だ。まさか、その人数で攻めてきたという話でもあるまい」


エゼルキア神帝国とエウストリア王国を繋ぐ唯一の平地に築かれた砦の城壁の上から、魔貴族級の魔族が声をかけてきた。


やはり闇の気も魔闘気も有していない今の俺は普通の人間にしか見えないらしい。


この地は十二に分割された王領のうちの一つで、交通、商業、軍事などの面から最大の要衝地である。

ガリウスの手によって密かに陥落させられたアロガン男爵領に接しており、ロランの直属の上司でもある≪魔丞まじょう≫ヴァルトスの治める領地でもあった。



「≪魔尚書ましょうしょ≫のロランだ。闇の気を宿していないのでわからないかもしれないが、敵じゃない。俺の顔がわかる奴、いないのであれば≪魔丞まじょう≫ヴァルトスを呼んでほしい。リヴィウス神に用事があってきた」


力尽くで追い払うべきか、一度上に報告をするか。

ロランのあまりにも堂々とした様子に、この砦の防衛を任されている魔族たちも戸惑っているようだった。

そして、ただの人間に見えているはずのロランにどこか恐れおののいているような表情を皆浮かべており、その場から逃げ出したくなるのを必死でこらえているかのように見えた。


それもそのはずである。


ロランの全身からは今、その力の根源たる人間力じんかんりょくほとばしっており、それを感知することができない魔族たちであってもうかつに手出しできないような迫力とオーラが放たれていたのだ。


だが、その人間力じんかんりょくは、目の前の魔族たちに対する威嚇のために纏ったものではなかった。


いまや、≪荒人神あらひとがみ≫となり、同じ神の高みに立つ者同士しか感じ取れなくなったロラン特有の神の気たる人間力じんかんりょくは、この砦のはるか向こう、エゼルキア神帝国の首都レドクリスタにいるリヴィウス神に対してのロランなりのメッセージだったのである。



お前と同等の力を得て、お前に対する「恐怖」を克服し、ロランが戻って来たぞ。








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