第401話 神と神

あるじの性格と有能さを表しているかの如く、砦を守る≪魔丞まじょう≫ヴァルトスの配下たちは非常に抑えが効いていた。

暴発することなく、そして油断することなく静かにこちらの動静を窺っている。


自分も魔族陣営に籍を置いていたのでわかるが、本来、ジブリルたち天使族と魔族は、二千年前の戦いで殺し合った不倶戴天の敵同士である。


この王領の主たるヴァルトスを待たずに戦闘になっても不思議はなかったのだ。


敗北により生まれた恨みと憎悪を飼いならせるほどに知的で、理性的なのがヴァルトスの従えている眷属たちの性格であることは、彼らの対応を見れば容易に推し量ることができた。



「もう来たのか。さすがに速いな」


そう呟いたロランの視線の先には、小さな人影が二つ。


曇天に現れたその小さな人影は、あっという間に大きくなり、そしてロランのすぐ目の前に降り立った。


かつてシーム先生と調査のために旧ウェーダン国領に足を踏み入れた時と同様に、供の≪魔丞まじょう≫ヴァルトスを一人連れて現れたのは、四兄弟神の次兄にして、このエゼルキア神帝国の統治者たるリヴィウス神であった。


以前は魔闘気も何も宿していないとロランがそう判断したわけであるが、その状態でシーム先生と互角の戦いを演じるなど得体のしれない恐ろしさだけが感じられていた。

だが、今ははっきりとわかる。


禍々しいほどの闇の神気。


おそらく神のレベルにある者にしか視認できない特別な気なのであろう。


背後でジブリルとファヌエルが最大限の警戒で身構えているのが感じられたので、それを和らげるように、ロランは視線と仕草で二人に伝えた。



「ロランよ。遠く離れたレドクリスタにまで、お前の放つ神気の圧倒的な存在感が伝わってきていたぞ。光でも闇でもない、なんとも不思議な気だ。どのような経緯か分からないが、到達したのだな、我ら神と並び立つ領域に」


リヴィウス神は相変わらずの穏やかな笑みを湛え、親し気にロランに語りかけてきた。

この柔らかな物腰は、三つある神格のうちのギドだろう。


「自分でもまだよくわからないけどね」


「見れば、私が与えた冥神刻めいしんこくも消え、魔族ですらなくなったようだが、なぜ戻ってきた。もはや私に従う必要も無くなったはずだが、よもや一戦交えに来たわけでもあるまい」


「いやいや、戦いとかそういうの好きじゃないのは知ってるでしょ。短い間だったけど、主従関係にあったんだからさ」


「キヒヒッ、では、何しに戻った?魔族ではなくなったお前にとって、このエゼルキアの地は容易に足を踏み入れられる場所ではなくなったのだぞ。しかも天使族と人間を連れて足を踏み入れるなど、自殺行為だとは思わないのか。捕らえて、その不思議な力の根源を調べる木人形デクにでもしてやろうか?俺はお前に興味があるぞ。光でも闇でもない神! 」


リヴィウス神の顔に陰鬱な影が差し、醜く歪むと、まるで別人のような口調に変わった。

おそらくバーミアとかいう別の人格だろう。


ややこしくなるから出てこないでほしい。


「バーミア、しばらく下がっていろ。ロランと大事な話があるのだ」


リヴィウス神は額を手で押さえながら、独り言のように呟いた。


「……すまなかったな。話を続けよう。ロラン、戦いに来たのではないなら何をしに来た。まさか、それだけの力を持ちながら、これまで通り私の臣下に納まっている気ではあるまい」


「いや、それは勘弁してもらおうかな。もう、誰かに仕えたり、顔色窺って生きるのはやめようと思うんだ。自分は自分のまま、思うがままに生きたい」


「戦いもせず、従いもしない。ではこのエゼルキアに何の用があってきた。天使族と人間を連れているのならなおさら、この地ではなく、人族の国に向かうべきではないのか?」


魔丞まじょう≫ヴァルトスが疑問の声を上げた。

その顔には敵意などは感じられず、むしろ少し心配してくれているのではないかとさえ思う節もある。


首都レドクリスタの建造、国家立ち上げの諸事で一緒に仕事したが、ずっと無職で会社勤めなどしたことがなかった俺に対して上手く接してくれて、割といい上司だったと今さらながらに思った。


「ヴァルトス。今、この地上で最も安全なのは、俺の目が届く場所だ。だから、こいつらをエゼルキアに連れてきた。お前ほどの魔族なら、俺が魔闘気を失ったとはいえ、かつてよりも弱くなったとは思わないだろう?」


「弱くなったどころか、この場でこうして対峙しているのが恐ろしいほどだ。しかし、それほどの力を得てなお、なぜ安全などを気にする?今のお前が何を恐れる必要があるというのだ」


「俺が大事だと思ってる何かを傷つけられることだ。俺と関りを持ち、俺が親しみや愛情を感じる誰かを守れないことを俺は恐れる。そこには人族も魔族も天使族も無い。ヴァルトス、お前だってその中に入っている。俺は誰とも殺し合いなんかしたくないんだ。平和に、楽しく、愛すべき人々と日々を暮らす。それが俺の望みなんだ。エゼルキアにはもう俺の家族もいるし、彼女たちの身の安全も確保しなきゃならない。一度、戻ってくる以外に俺に選択肢はなかった。それに、今、エウストリア王国を含む人族の国々はこのエゼルキアよりもある意味、危険だ。何者かがこの地上の至る所に根を張っていて、人族の中に紛れ込み、暗躍している。その正体は不明だが、なぜかディヤウスに深いかかわりを持つ者たちを敵視している」



「私は、お前に刻み込んだ冥神刻めいしんこくから全てを見ていた」


しばし、二人のやりとりを黙って見つめていたリヴィウス神が口を開いた。


「ヴァルトスやバーラムなど一部の者以外には隠していたが、その冥神刻には、それを有する眷属の視覚を共有し、遠隔地の状況を知るという機能が備わっている。お前が言う何者かとは、あの廻天屍かいてんしとかいう死体を使って造っているらしい天使モドキのことか」


やはり、ただ力を貰うなどという都合の良いことはないらしく、あの冥神刻は眷属たちを管理するためのある種のツールだったらしい。


無料タダより高いものはないとはよくいったものである。


今までそのようなそぶりを全く見せてはいないが、おそらくサマルたちとの会話を通じて、≪カク・ヨム≫や≪編集者≫についてもリヴィウス神はある程度、把握しているかもしれない。


共有できるのは視覚だけとは限らないと考えた方がいい。


「すべてを見ていたなら知っていると思うが、その廻天屍かいてんしの主力は、俺がほとんど始末したと思う。人間に扮した状態で各地に潜ませているみたいだったけど、そいつらは多分雑魚だ。問題なのはそいつら自体ではなく、このカドゥ・クワーズの世界中にそいつらを派遣し、暗躍させている何者かの存在。教皇庁を隠れ蓑にして、巧みに各国に影響を及ぼし、人族の社会を思い通りに管理している奴らだ」


「教皇庁を隠れ蓑に?」


「リヴィウス、いやギド。腹の探り合いはもうやめよう。気が付いているんだろう。この天使族たちによれば、この地上のどこにもディヤウスの気配は無いらしい。教皇庁で何かが起きているのは明白だし、信仰対象であるディヤウスが不在であるにもかかわらず、何の混乱も起きていないのは謎だ。それらを調べるために、俺を眷属に引き入れ、アウグスの神霊魂の探索を命じたんじゃないのか? 」


荒人神あらひとがみ≫となり、神に匹敵する存在となったロランと、闇の三悪神の一人と畏れられるリヴィウスの二人を中心に、余人の感知しえない膨大な神気が渦巻いた。


神と神。


まさしくその場にいる何者であっても介入できない二人だけの張りつめた空気が辺りを支配していた。

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