第80話 ダンマルタン子爵

騎士学校団体対抗戦。


それはエウストリア王国中の騎士学校が集い、各校の教育の成果を世に広く知らしめる場である。

優秀な騎士を一人でも抱え込みたいと考えている王侯貴族が挙って観戦に訪れ、毎年盛大な盛り上がりを見せる。

成績如何によっては直接声がかかり、その場で召し抱えられるということもあるので、騎士を目指す者にとってこの行事はまさに夢の舞台と言っても過言ではないそうである。


仮に一回戦で敗れたとしても騎士学校団体対抗戦の選抜選手であったという経歴は、生涯、他の騎士に誇れるものであり、それゆえ各校の代表選手に選ばれるため生徒たちは死に物狂いの努力をするのだという。


前世で言えば、甲子園のようなものかとロランは思った。

これはドラフト会議にかかる前の前哨戦で、詰めかけてきている王侯貴族はいわば所属球団のオーナーと言ったところだろう。


八年生は、今年いっぱいで卒業なので召し抱えられても問題ないが、一年生である自分は一体どうなるのかとふと気になったが、そのうちわかるさと考えるのをやめた。



大会当日の朝。

控室で待っていると、カルカッソン騎士学校の実質的オーナーであり、理事長でもあるダンマルタン子爵が、バルテレミー校長を伴って激励に訪れた。


「諸君、誉れあるカルカッソンの精鋭たちよ。今日という日を非常に楽しみにしておったぞ。我が校の名を貶めることなく、是非とも優勝を狙っていただきたい」


ダンマルタン子爵は貫禄ある立派な髭の初老の紳士だった。少し腹が出ているが、顔の色艶も良くその目は生気にあふれていた。声も張りがあって大きい。



「ダンマルタンよ。久しいな」


「貴殿は……、まさかシーム殿か。いや、前にお見かけした時は随分と御歳をめされたと思ったが、別人のように……若返りましたな。我が校の教壇に再びお立ち頂くことになったと聞いておりましたが……いやはや羨ましい。若さの秘訣をお教えいただきたいくらいですな」


シーム先生が声をかけるとダンマルタン子爵はかなり驚き、戸惑っている様子だったが、魔法や不思議なスキルが存在する世界だからか、若返りによる容貌の変化を何とか受け入れられたようだ。



「ところで、バルテレミー。選手が四人しかいないように見えるが、あと一人はどうした?」


「子爵様、お言葉ですが、ここにしっかりと五人揃っております。この一年生の少年はロランと言い、れっきとした代表選手です。出場予定だった八年生のダミアンが不慮の死を遂げたのでその代替選手として選びました」


「なんだと、一年生を代表選手に選んだのか。一年生が代表選手などということは前例がない。ふざけているのか。これでは今年も期待できないということではないか。歴史が古く、格式高い我が校が優勝から遠ざかり早十数年。常勝校と恐れられたのは遠い過去の話となってしまった。この状況を何とか覆すためにわざわざお前を校長に抜擢したのだぞ。いつになったら結果を出す」


ダンマルタン子爵は顔を真っ赤にして、バルテレミー校長の胸倉をつかむ。


「く、苦しい。閣下、落ち着いてください。私はこの目で見ましたが、ロラン少年はまさしく神童。教師のドゥンヴェールすら倒してしまうほどなのです。問題ありません」


「落ち着け、ダンマルタン。儂も自ら手合わせしてみたが、なかなかにやるぞ。それに、このロランはいまや儂の直弟子じゃ。心配いらん」


シーム先生の言葉にダンマルタン子爵は冷静さを取り戻したのか、ようやくバルテレミー校長の体を揺さぶるのをやめた。


「剣聖シーム殿の言葉であれば、信じるほかはないが、バルテレミーよ、今大会で私が納得いく結果を出せなかったら、お前は首だ。いいな、わかったか」


ダンマルタン子爵は乱れてしまった髪と衣服を整えながら、言い捨て控室を出ようとした。


その時、一度ロザリー先輩の前で立ち止まり、何かを言おうとしたが思いとどまり、そのまま扉を開け、出て行ってしまった。

ロザリー先輩もその背に何か言いたいようだったが、言葉を飲み込んだ様子だった。


室内は何とも言えない微妙な空気となり、ダンマルタン子爵の訪問は、試合前の激励のはずがとんだ茶番になってしまった。


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