第439話 選択肢

やっぱり戦うという選択肢は無いな。


向こうから襲い掛かってきたり、明確な悪意を向けて来るなりされたわけではないし、何より相手は仲間になる様に勧誘してきているのだ。


下心は当然あるだろうし、罠の可能性は十分ある。


それでも、戦意の無い者を殺したり、傷つけたりというのは俺は嫌なんだよな。


まだ試してないがスキル≪カク・ヨム≫が、≪転生者≫を改稿できない仕様であるとして、その時は人神従刻じんしんじゅうこく荒人神あらひとがみの他の力で対処しよう。

しかも改稿できなくても、時間だけは止められることだしね。


「もしお前たちの仲間になるとしたなら、俺の待遇はどうなるのかな?」


「ほう、少しはその気になったか」


アンリ・プッティーノは元のコスプレ神父姿に戻り、再び奇妙な立ち姿を取った。

どうやらこれが本当の姿であるらしい。


「いや、ただ単に交渉の余地はあるよって感じかな。俺もわざわざ敵を増やしたいわけでもないし、強い敵と戦うことが生きがいな戦闘民族というわけでもない。平和主義者なんだ、俺は」


「なるほどな。戦いを好まないという点で我らは共通している。仲間になる気があるなら、まずはお前の名前、素性、目的を聞きたい。なぜ、パンジャーマン大司教の使いなどを装い、私に近づいた?誰かの指示なのか?それとも……」


どうするか。

身バレはしたくなかったが、もう顔を知られてしまった以上、こいつらの組織力ではあっという間に特定されてしまう可能性が高い。


しかも、こいつの変身能力がどの程度かわからないが、俺に化けれるようになっているなら、手配書の作成も容易だろう。


「……まあいっか。俺の名はロラン。誰の命を受けたわけでもなく、俺個人の意思で動いている。平穏に暮らしていたところ、ディヤウスだのヤルダバオートだの騒がしくなってきた。しかも俺の目の届くところで、民衆を巻き込んで殺し合いを始めるし、目障りでしょうがない。どんな連中がこんなバカ騒ぎをしてるのか気になって見に来ただけだけど、俺のハッピーライフの障害になりそうだったら潰す気だった。これでいいかな?」


「なるほど、ではどうやってパンジャーマン大司教を懐柔した? 抗争が勃発してからの短期間でどうやって教団内部に潜り込み、私のところに辿り着くのは困難だったはずだ」


「それは企業秘密かな。敵に自分の能力を明かす馬鹿はいないっていうのは理解できるでしょ。それで、まだ俺の方の質問には答えてもらっていない。俺の待遇はどうなるのかな?」


「お前の待遇は、ヤルダバオート神様自らが会ってお決めになる。地球からの≪転生者≫はその魂の階位の高さから、このカドゥ・クワーズの人族よりも優れたスキルと能力を授かっている可能性が高い。つまり、お前の能力次第ということだ。しかし、こうして対峙している限り、お前には何か得体のしれないものを感じる。こう見えて人を見る目には自信があるのだよ、私は」


荒人神あらひとがみになってからというもの俺の全身に流れる≪神の気≫は、同じステージにある存在、すなわち神に至った者にしか感知することはできない。


神ではない者からしたら、今の俺はただの人間にしか見えないはずだ。


「ふ~ん、なるほど。でも、その見る目とやらが曇っていて、ヤルダバオート神に『なんでこんな無能を連れてきた!』って怒られることになるかもね」


「では、我らの仲間になるということでいいのだな」


「ちょっと待って。最後に一ついいかな。このディヤウス教とヤルダバオート教の茶番のような殺し合いは、お前の権限で止めることはできるのかな?」


「……変なことを聞くのだな。だが、まあいい。それは不可能だと言っておこう。私は教団のトップという地位を命じられて演じているにすぎない。それにこれは、このディヤウスに染まり切った世界が、偉大なるヤルダバオート神様の御世として生まれ変わるための必要な工程の一つなのだ」



結局、ヤルダバオートとかいうやつに会わないと何も解決しないということか……。


この時点で俺が知りたかった教団の内情はほとんど把握できたと言っていい。


ヤルダバオート神様の御世とやらがどれだけ素晴らしいかわからないが、多くの人の命を犠牲にしてもかまわないと考えている神様の治める世界なんてたかが知れてる。


このヤルダバオート教団というのは俺の理想とする世界にはおそらく不要のものだ。


いや、不要であるだけにとどまらず、俺の大事に思っている人々、世界、そして様々な環境を悪化させかねない。


その容姿と無能さゆえに、前世で居場所がなかったこの俺が、ようやく手に入れた最高の人生。


俺の理想の居場所を奪う奴は容赦するわけにはいかない。


俺の平穏を脅かす奴ならだれでもコーヒー豆のハンドピックと同じだ。


より良い一杯じんせいの為にクズ豆は、摘まないと。



敵の本拠地に単身乗り込むなんて、臆病な俺らしく無いとは思う。


でも、こうしている間にも多くの血が流れ、治安は悪化し、泣かなくてもいい人たちが大勢生み出されている。


未亡人が増えて、エッチするチャンスが増えるかもと少しだけ頭をよぎったけれど、平和で人口が増え続ける世の中の方が、可愛い女の子が生まれてくる確率も増えるし、長期的に考えればそっちの方が断然良い。


まずは口裏を合わせながらヤルダバオート神に会ってみよう。


駄目そうな奴ならば、媚びを売るフリでもしながら油断させて、不意打ちで倒しちゃうっていう作戦はどうだろうか。


今日はまだスキル≪カク・ヨム≫は未使用だし、体調も別に悪くない。


時間をかけすぎて、親しい誰かを人質に取られたりするよりは、電撃作戦で早期解決する方がいい気がしてきた。


「わかった。仲間になるよ。でも、まずはヤルダバオート神に会わせてもらおうか。待遇面で交渉したいことがあるからね」


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