第442話 ノープラン

「あのさ、さっきのティモンっていうやつはどんな奴だったの?」


「な、なぜ、そのようなことを聞くのでしょうか」


なぜって、それは善人を殺してしまったとしたら、罪の意識が倍増してしまうからに決まっているじゃないか。


まあ、あんな態度をした善人など要るわけが無いと思うが、でもやっぱり万が一ということもある。


今は転送陣に乗り、≪天頂神座てんちょうしんざ≫に向かう途中である。

猫型ロボットが出てくる国民的アニメの主人公の机の引き出しの中のような空間を転送陣が飛んでいるのだが、結構スピードが遅い。


「ティモンとはそれほど付き合いがあったというわけではありません。あの男は、山ガールブームを狙った連続強姦魔であったと聞いています。気配を消すのが得意で、山中に潜み得物を待っていたところ、悪天候に遭い、そのまま遭難してしまったらしいのです。救助隊のヘリが近くまでやって来たらしいのですが、生来の影の薄さからか気が付かれずにそのまま命を落としてしまったと話していました。この世界に転生した後は、授かったスキルを使って、女性宅などに侵入し性犯罪を繰り返していたそうですが、それと同時に暗殺者家業で日銭を稼いでいたようです」


そうか、良かった。

そんな奴だったら、いない方がこの世のためである。


だからと言って、殺していいということにはならないが少しは気が楽になった気がする。


「あのさ、ところでなんで急に話し方変えたの? なんかすごい偉そうだったじゃない、最初の方は」


「いや、そのようなことは。73……79……83、89…………92……」


「92は素数じゃないでしょ。ねえ、ところでさ。なんで急に口調と態度が変わったの? 丁寧過ぎて不気味なんだけど……」


「あ、いや、ロランさんの異次元の強さを目の当たりにして、怒らせるのは得策ではないなと。自分、戦闘にも自信があったんですけど、あれを見たら戦意が消えちゃったっす」


「完全にキャラ崩壊してるじゃん。いいよ、普通で。かえって疲れるよ」


「あっ、そうっすか。了解です」


頭頂部から流れ出る冷や汗で、黒人風メイクが崩れて、白い地肌が見え始めたアンリが恐縮した様子で頭を下げた。



おや、どうやら着いたようである。


周囲の風景が妖しげな空間から、光り輝く場所に突如として変わる。


「うわっ、眩しい」


到着した場所のあまりの眩しさに思わずロランは手のひらでその光源を遮った。


その光源は少し進んだ先の小高く伸びた階段の上で、そこにある玉座には誰かが腰を降ろしていたが、こちらを見るなり突然立ち上がったようだった。


転送陣の外に出ると、そこは広く大きなドーム状の部屋になっていて、どこからか持ち込まれたのであろうか、不揃いのイスやテーブル、調度品などがそこかしこにあって、人の姿もまばらではあるがそこにはあった。


こいつらも≪数字の番人ナンバーズ≫とかいう幹部の者たちであろうか。


それにしては数が合わない。


数字の番人ナンバーズ≫は、ヤルダバオート神によって選ばれた十三人という話であったがざっと数えただけでそれを上回る数以上いることが見て取れる。


酒を飲んでいたり、賭け事に興じたりと全員がリラックスした様子で、各々くつろいでいるが、この本来は神聖であるはずの場所には不似合いな様子だった。


向こうの方に置かれた寝台では女二人と人目も気にせず交合を楽しんでいる奴までいる。


酒とたばこと男女の匂い。


まるで一昔前のドラマや映画に出て来そうな不良やチンピラのたまり場だ。


あの光り輝く高台の玉座とはあまりにかけ離れた混沌がこの空間に蔓延はびこっている。


「よう、教主様。真面目にお勤めごくろーさん。外で何かあったのか~? そいつは誰だ」


「うるさい。黙れ。私に気安く話しかけるな。この酔いどれめ。私はヤルダバオート神様に大事な用があるのだ」


声をかけてきたのはカウチソファに寝そべり、酒瓶をもった男だったが、アンリ・プッティーノはその男に目も向けずにそう言うと、ロランについて来るようにと丁寧な口調で促してきた。


玉座の方に目を向けると、そこにいる人物は先ほどからオロオロと落ち着かない様子でこっちを見下ろしており、ロランたちがどうやらそちらの方に向かって近づいてくるということに気が付いたのか、再びそこに座り直した。


「ひひひっ、どうやら新入りのようだぜ」

「アンリの奴、どういうつもりだ。あの連れからは、たいした魔力も魔闘気も感じられねえ。ただの雑魚だぞ。何か特殊なスキルでも持ってない限り役に立ちそうもねえ」

「でも、可愛い顔してるじゃない。もし役立たずなら、アタシの男妾に欲しいわ。見て、あの股間の感じ。アソコが大きそうじゃない」


玉座に向かう途中、値踏みされるような複数の視線を感じ、それと同時に怯えるような恐怖に染まった視線も多く感じた。


ここが本当に≪天頂神座てんちょうしんざ≫なのか。

思っていた場所とはまるで違うし、とんでもないカオスだ。


「ヒィッー」


ロランとふと目が合った人間ではない何かが悲鳴を上げて、逃げ去った。

土色の古びたローブを纏い、僅かではあるが神の気を帯びていた。


「ねえ、今の変な奴は何? 人間じゃないでしょ」


「あれは≪追放されし神々エグザイルズ≫。偉大なるヤルダバオート神様を頼って異界から落ち延びてこられた神々だそうです。組織としては我ら≪数字の番人ナンバーズ≫の上に位置します」


なるほど、図らずもこれでこの組織の陣容はだいたい把握できた。

ヤルダバオートがいると思われる場所にはっきりとしない複数の神の気が固まっているように感じた理由も、単純に≪追放されし神々エグザイルズ≫とかいう連中がここにたむろしているからだった。


それにしても勢いと成り行きで敵の本拠地である≪天頂神座てんちょうしんざ≫に来ちゃったけど、この後どうなることやら。


実はこの後どうするのか、全くノープランだ。




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