第443話 新たなる主
ヤルダバオート神は、驚きのあまり、思わずその神の玉座から立ち上がってしまった。
目障りだったリヴィウス神は消滅し、このカドゥ・クワーズにもはや敵無しとなったはずのこのヤルダバオート神を驚愕させたものは、忠実な
その男が放つ圧倒的な≪神の気≫の大きさとその質の高さに、遅い朝食後の穏やかな眠気は吹き飛び、全身の毛が逆立つような畏怖を覚えたのだった。
見たところは人間のように見える。
赤みがかった金髪で、均整な体つきの長身。
年の頃は二十歳前後といったところか。
美男と言っても過言ではない顔立ちだが、緊張感は無く、欠伸をしながら辺りを見回している。
黒を基調としたヤルダバオート教信徒のいで立ちをしており、服装からわかる階級は司祭であるようだった。
だが、そのただの人間がなぜこのような膨大な≪神の気≫を宿しているのだ?
人間が限界を超えた修行や神々の寵愛により、その身を昇華させ、神に至るという事例は非常に少ないながら、ある。
だがその場合は、もはや神そのものとなるため、あの男のように人間の身でありながら、≪神の気≫を宿すという状態にはなりえないのだ。
あの男はまさに人間そのもの。
超越した力の持ち主が、憑依などにより人間の体を借りているのとは全く状態が異なる。
まずい。威厳を保たねば。皆が見ている。
地球生まれの神であるヤルダバオート神が、故郷から選りすぐって呼び寄せた≪転生者≫たちや彼を頼ってこの世界に流れてきた≪
自分は彼らの友人であるとともに、偉大な指導者であり、主君でなければならないのだ。
みっともない姿を見せるわけにはいかない。
ヤルダバオート神は乱れた呼吸を整え、喉に絡んだ痰を吐き出すと、平然を装いながら再び玉座に腰を降ろした。
その玉座の上で、ヤルダバオート神はこの闖入者を観察しつつ、必死に思考を巡らした。
この者が何者であるかは、いくつか仮説を立てることはできる。
リヴィウス神が謎の消滅をした原因を作った存在もしくは、大天使長ルーキフェルが独断で動かした
あるいはその両方であるかもしれぬ。
この≪
そのものが何者であるか、≪
そうであるならば、≪遠視≫を阻んだ存在は、この若者であるに違いない。
どのような方法を用いているのかわからないが、この≪
「まさか、ディヤウス……」
ヤルダバオート神の脳裏に、あの若造の能天気で無神経な笑顔が蘇る。
ディヤウスが我が手により殺害される前に外部に持ち去った≪
いや、違うか。そうではない。
奪われた≪
確かに奴が宿している≪神の気≫からは、ディヤウスの面影を感じる。
「くそっ、あの若造は一体何者なのだ!」
よくよく探ってみると奴の神気には、ディヤウスだけでなく、あのリヴィウスとその弟ガリウス、そして正体不明の光の神気が入り混じり、光でも闇でもない正体不明の属性を宿しているのだ。
わからぬ。わからぬことばかりだ。
多くの疑問が頭の中に混在して、そのことがヤルダバオート神を大いに苛立たせた。
階段下に視線を向けるとアンリ・プッティーノと若者がもうすぐそこまで来ている。
≪神の気≫を感知しえない≪
使えぬ奴らめ。
ヤルダバオート神は苛立ちから思わず、その場で足を踏み鳴らしたが、その瞬間、背後及び頭上に設置した複数の≪光源≫が瞬き、その輝きが徐々に失せ始めた。
「ぐおっ、ワシの女優ライトが!」
この≪光源≫は、ヤルダバオート神がディヤウスに成り済ますため、そして己の老いさらばえた醜い容姿を隠すためのものであった。
その動力は≪
光が完全に潰え、≪
肉眼による視界を奪われたことでヤルダバオート神は、自らが予想だにしていなかった事態が、この≪
物質的ではない、霊的なエネルギーの流れ。
この神域に満ちていた≪
その一点とは、アンリ・プッティーノがここに招き入れたあの若者。
ヤルダバオート神は、もうだいぶ少なくなっていっている≪
あっという間に、この神域に存在していたすべての力の根源はあの若者の肉体に移ってしまい、ヤルダバオート神は愕然とした。
もはやこの神域はただの力を失った土地になり果ててしまい、代わりにあの若者が≪
「眩しすぎだと思ったら、今度は暗すぎだよ。まあ、俺の目には周囲全部見えてるんだけどね。照明さんとか設備スタッフとかいないの?」
その若者が文句を言うと、再び≪光源≫にちょうどいい明るさの光が点った。
「やればできるじゃない。そのままキープで」
≪
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