第444話 ≪カク・ヨム≫計画の全貌

天頂神座てんちょうしんざ≫と呼ばれているらしいこの空間を照らしていた眩いばかりの光が消え、しばしの間、暗闇が満ちた後、再び明かりがついた。


神の玉座に至る長い昇り階段の下にまでやってきたロランの見上げる先には奇妙な老人がおり、玉座から身を乗り出してこちらを凝視している。


その老人の皺だらけの顔は、ひどく痩せていて、醜い染みが目立っていた。

筋肉の模様が付いた肉襦袢を着ており、その上に古代ギリシアのエクソミスのような恰好をしているのだから、滑稽この上ない。


「ねえ、あの爺さんがヤルダバオート?」


「えっ、爺さんですか。私の視力ではよく見えませんがそのようなわけは……」


アンリ・プッティーノはその黒い染料を塗った顔をゆがめ、目を細めて確認しているがどうやら彼の視力ではあの老人の姿ははっきり確認できないらしい。


「まあ、いいや。あいつと話せばいいんでしょ」


そう言って階段の一段目に足を乗せた瞬間、周囲の雑音が消えた。


この静寂に覚えがあると思い周囲の様子を窺うと、案の定、時が止まっていた。


あたかもそれはスキル≪カク・ヨム≫の創作タイムの時のように、アンリ・プッティーノも、玉座の老人も、この空間にたむろっているヤルダバオートの取り巻きたちも身動き一つしていない。


『バックグラウンドで、スキル≪カク・ヨム≫の補完を行いました。≪天頂神座てんちょうしんざ≫内に残存する全てのエネルギーと機能を取り込み、≪カク・ヨム≫を完全版≪カク・ヨム≫に進化させました』


そう告げてきたのは、突如、目の前に現れたK・Yカク・ヨムアヴァターだった。


だが、どうにもその姿がおかしい。

K・Yカク・ヨムアヴァターは光る翼を持ち、鳥の頭部を模した仮面のようなものを被った人型の幻像ヴィジョンなのだが、その仮面が割れてその下の素顔がわずかに覗いている。


損傷が見られるのは仮面だけではなかった。

八頭やつがしらの蛇を表したボディにも亀裂が入っており、なぜか全身から煙のようなものが漏れ出ている。


「どうしたの? 完全版になったっていう割にはボロボロだし、弱ってない?」


「いえ、心配は無用です。これはあなたの分身たるこの私の進化の過程。漲る圧倒的なエネルギーを得て、隠されていた真の姿が現われようとしているのです」


「よくわからないけど、そうなんだ」


「ディヤウスが極秘裏に長い年月をかけて、≪カク・ヨム≫の運営拠点に移送できた力は全体のおよそ65%ほどです。そして、この≪天頂神座てんちょうしんざ≫に残された35%を回収できたので、≪カク・ヨム≫は完成し、その全機能を司る私もまた完成体に至る途中なのです。ですが、ひとつ問題が発生しました」


「問題?」


「はい、この≪天頂神座てんちょうしんざ≫で同様に回収するはずだった≪オペーションシステム:ディヤウス≫の破損が酷く、インストールできませんでした。≪カク・ヨム≫は本来、この聖地に宿ったグナーシス神の遺産ともいうべき残存エネルギーを携帯し、行使するためのツールとして、ディヤウス神が開発したものだったのですが、おのれの身に万が一のことがあった場合のために、魂のスペアを残したのです。そのスペアが≪オペーションシステム:ディヤウス≫であり、それを私に搭載させることで、この地に縛られることなく≪天頂神座てんちょうしんざ≫のパワーを使うための分身を生み出す計画であったのです」


「それって、今話をしている人格のお前が上書きされて、ディヤウス神の複製人格が成り代わっちゃうってこと?」


「ディヤウス神が存命なら会話できるもう一人の自分として、もし何か不測の事態が起こっており、ディヤウス神が死亡していた場合は、私を復活のための憑代にするというのがこの≪カク・ヨム≫計画の全貌であったわけです」


「う~ん、ということは、今はいったいどういう状況? そのどちらでもないわけだよね」


「どういう経緯かは、この破損した≪オペーションシステム:ディヤウス≫内の残存記憶データを修復することで確認できるかもしれませんが、再生してみますか?」


「今、取り込んでるからな~。この時間停止状態ってあと何分くらい続くの?」


「バックグラウンド処理中の進行タスクを表示します」


K・Yカク・ヨムアヴァターの頭上に、「99%」、「15:24」のカウンターが現われる。


「うわ、残り1パーセントなのに、十五分以上かかるの?」


「イエス、≪オペーションシステム:ディヤウス≫を取り込めなかったので、代わりに私がワンオペレーション操作するための仕様変更を実施中です。≪カク・ヨム≫の読者である数多の神々から少しずつ収奪したPV神の力を使用して時間を停止させていますが、まだストックがありますので延長も可能です」


「いや、延長はいいや。十五分もこのままボーとして待ってるんじゃ暇だし、その残存データとやらを見てみるか」

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