第267話 人生プランと現実の間で
ロランは少し悩んでいた。
自らが思い描いていた人生プランと現実が少しずつ
強引なシーム先生に引きずられるようにして、剣聖の弟子としての日々を順調に歩んでいたが、別に剣聖としての地位を継ぎたいわけではない。
そもそもシーム先生はいつ剣聖を引退し、一線から退くのだろう。
≪裁きと
魔族や魔物との戦いに明け暮れる日々。
血の赤に塗りつぶされた人生。
俺が思い描いた人生は、もっとこう普通のありふれた日々の中での無双だ。
富と権力を手にし、俺のことが大好きでたまらない女の子たちに囲まれ、キャッキャッうふふする、そんな桃色の未来。
シーム先生のことを嫌いなわけではない。
時折、肉親のような温かいまなざしを向けられていることに気が付く時もあるし、厳しいけどそれは全て俺を強くしようと思ってくれてのことだ。
だが、この師弟の関係がだんだん重荷になってきたのだ。
逃げ出そうにも現時点の力関係では無事逃げ切れるとは思えないし、いっそのことクー・リー・リンを一番弟子にしてくれればいいのに。
「おい、ロラン。ぼーっとするなよ。気を抜いたら真っ逆さまにあの世行きだぞ」
先頭を行くマックの声に一瞬で我に返った。
ロランたちは今、旧ウェーダン国領を目指し、険しいドゥマンディ山脈の断崖にある道とは到底言えない場所を徒歩で移動していた。
もともと旧ウェーダン国領を目指していたマック達と目的地が同じだったこともあり同行することになったのだが、街道を進む経路は魔族の監視が厳しく、魔物の数も多いため、別のルートからの潜入を目指すことになった。
アルゼトの町から先は闇の眷属たちによって既に占拠されており、そのまま進めば衝突は避けられない状態であるらしかった。
シーム先生は、魔族など全て切り伏せて進めばよいと主張したが、マックは偵察ならば三悪神にあまり目立たないように行動すべきだと言ってきかなかった。
ウェーダン国出身であるマックの道案内は有益だと考えたシーム先生は、結局マックの提案を採用することにし、今に至るわけだが、これにはもう一つ理由があったようだ。
マックのパーティメンバーである回復術師リシアの姿がないことを疑問に思い、ロランが尋ねてみたところ、実は彼女はシーム先生の子をお腹に宿したそうで今は王都に一人残っているらしいのだ。
シーム先生はマックにこの借りがあり、そのこともあって押し切られたのだと思う。
それにしてもこのドゥマンディ山脈の道は険しく、過酷だ。
時折、強風が吹きすさび、油断していると衣服や髪が風に巻き込まれ、吹き飛ばされそうになる。
一番体重が軽いクー・リー・リンはもちろんのこと、サビーナさんも辛そうだ。
道幅は人一人がようやく歩ける広さで、縦一列に進むしかない。
この道は古来より北方からの塩商人が使っていた道で、この辺りの地理に明るいものでなければその存在すら知られていないとのことだった。
このような険しい場所だからこそであろうか。
ロランとシーム先生は魔闘気を抑制していたのだが、魔族はおろか魔物の一匹とて見かけることは無かった。
三日ほどかかって、壁沿いに断崖の道を登りきり、ようやく開けたところに出るとその景色の美しさに圧倒された。
振り返るとエウストリア王国の景色が眼下に広がっており、これまで歩んだ街道や町がミニチュア模型のように見える。
この景色には流石に皆見入ってしまっており、しばしその場にとどまって休息を取った。
ドゥマンディ山脈の頂はさらに上の方であるが、登山が目的ではないので、山肌の比較的緩やかな塩商人の道をひたすら降って、途中の古い石切り場の跡地で一泊した後、麓の村に入る予定だった。
その村の名はボレン。
マックの母方の親戚が住んでいるという村で、そこは既に旧ウェーダン国領内である。
ボレン村がある方向にしばらく歩くと右手側に深く大きな谷が見えてきて、その下を大きな川が通っていた。
この辺りは木々も少なく、岩石とむき出しの岩肌があるばかりの寂しい風景だった。
そうなると自然と地面を見ながら歩く時間が長くなり、気が付くとぽつぽつと雨粒が落ち始めた。
見上げるとあれほどいい天気だったのに、突然、暗く厚い鉛色と黒色が入り混じったような雲が空を埋め尽くし、今にも土砂降りになりそうな空模様だった。
「おかしいな。天気が崩れそうな気配は無かったんだが……」
旅慣れた冒険者であるマックが
「おい、何かこちらに向かってきておる。心せよ」
シーム先生のただ事ならない言葉の響きに一同が警戒態勢をとる。
この何かがやって来るという驚異の兆しをロランも感じていた。
遠く北の方角から凄まじい速度で何者かが真直ぐ向かってきている。
空気を切り裂く摩擦音と武骨で荒々しい嵐のような魔闘気。
これほど距離が離れているのに感じてしまう異様な圧。
魔闘気の大きさだけで言えば、あの変態ヘルメット神ガリウスにも匹敵するかもしれない。
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