第266話 守護天使と大天使長
「ロラン、久しぶりだな。随分と
そう言って声をかけてきたマックは、特段変わった様子はなかった。
全身に帯びていたかに見えた青白い光も今は消えて、人懐っこい笑顔も相変わらずだった。
「マックさんこそ、お元気そうで何よりです。それに、あの炎の魔物を倒した技すごかったですね」
無邪気を装い、少し探りを入れてみる。
「おお、あれか。実は俺の力のようで、まだそうとも言えないんだ」
マックさんは少し戸惑った様子で頬を掻いた。
『そんなことはありませんよ、≪氷の勇者≫マック・ガイバー。自信をお持ちなさい。あなたは選ばれし者なのです』
頭上から声が聞こえて、見上げると光り輝く氷の粒子が舞っていてその中に青い髪の女性の姿をした天使が宙に浮いていた。
白く清らかな衣をまとい、背には大きく白い羽がある。
この世のものとは思えないほど美しい顔をしていたが、彫刻のように無機質な感じを受けるのは何でだろう。
「おお、なんと神々しい。あれが≪氷の勇者≫マック様の守護天使か」
周囲の人々が食事を止め、その場に跪き祈りを捧げ始めた。
「≪
マックは帽子を脱ぐとそれを胸のところに当て、≪
『良いのです。選ばれてまだ日も浅い、焦らずともその聖なる力が馴染むのはそう遠くないはずです。ここに集いし、闇の眷属と戦う勇者たちよ。心から希望の光を絶やしてはいけません。我が主ディヤウスは常にあなた方を見守っていますよ。神の選びし≪光の十勇者≫のもと力を合わせ、この地上から三悪神に与する者どもをすべて根絶やしにするのです』
≪
その去り際、一瞬俺とシーム先生の方を見た気がしたが……まあ、考え過ぎだろう。
傍らで骨付き肉にかぶりつくのを止めないシーム先生を失礼だと思った可能性はあるが、俺は周りと一緒に祈るふりをしていたからね。
≪
ウェーダン国滅亡の報せが王都を駆け巡った後、故郷の様子を確かめに行きたくて仕方がなかったマックに突然、教皇庁からの使者がやって来た。
これまで特に熱心な信者でもなかったマックは、何かの間違いだと思ったが、あからさまに教皇庁の使者と揉めるわけにはいかないと考え、招集に応じた。
教皇庁にある大聖堂に行くと自分以外にも九人の男女が集められていて、ほどなくして儀式が始まった。
最高位大司教の説明では、ディヤウスに使える守護天使の力を借り、甦った三悪神と戦う勇者を誕生させるのだという説明を受けたそうだ。
故郷であるウェーダン国を滅ぼしたという三悪神と戦う力が欲しいと強く願っていたマックは教皇庁の申し出を受け、≪氷の勇者≫となった。
十人の勇者って多すぎないかと、ロランが素朴な疑問を口にすると、マックは愉快そうな様子でこれも快く説明してくれた。
ディヤウス教はエウストリア王国のみで信仰を集める宗教ではない。
東方諸国や一部の国々を除けば、ほとんど世界全体で信仰されており、各国に支部教会がある。
各支部教会と本部教皇庁は≪伝心≫の御珠という神器によって繋がっており、その組織力は絶大だ。
教皇庁を中心としたディヤウス教は、エウストリア王国のみを救うのではなく世界全体を救わねばならないという使命を持っているので、十勇者に選ばれた者の国籍はエウストリア人に限らない。
マック自身、ウェーダン国出身であるし、招集を受けた他の勇者候補の半数ほどは王都近郊にいる国際色豊かな人材から選ばれたようだ。
救うのはこの国のみではなく、世界。
天変地異後、カドゥ・クワーズの世界全域で出現し始めたと推測される魔族や魔物といった闇の眷属たちに抗うためには勇者十人でも足りないということだった。
「すごいな。それで、マックさんは、ディヤウス様を見たの? 」
「いや、俺が見たのは大聖堂に降臨した十体の守護天使と大天使長と名乗るより大いなる光を纏ったお方だけだ。彼らはディヤウス様の使いだとおっしゃっていたよ」
なるほど、色々とわかってきた。
胡散臭いと思っていた教皇庁はやはり何らかの力を持っているようだ。
口先だけで信徒を集める似非宗教ではなく、各国の王家や貴族たちがその存在に重きを置かざるを得ないだけの力がある。
ディヤウス本人では無いものの、現にその使いを名乗る守護天使たちを降臨させ、人間に力を与える奇跡を顕現して見せられては、その権威と宗教の力を信じざるを得ないだろう。
守護天使たちが本当にディヤウスに属する者たちなのかはわからないが、実際にマックは以前よりずっと強くなっていたし、実際にあのファイヤードレイクを退けて見せた実力は本物であるように思える。
「この街に来る途中で、エンネヴァルという街に寄ったんだけど、≪海の勇者≫ルービィって人のうわさを聞いたんだけど、マックさんは知ってる?」
≪海の勇者≫ルービィの名を聞いたマックは一瞬嫌そうな顔をしたが、振舞われた麦酒を一口飲んだ後、答えてくれた。
「嫌な名前を聞いたな。確かに十勇者に選ばれた者たちの中に、ルービィという名の男はいた。どういう御意思なのか俺には計りかねるが、集められた九人は皆バラバラの素性で中には、神の使徒に相応しくないのではないかというものも数人いた。その最たる一人がルービィだ。元海賊らしいし、最近まで牢獄にいたという。挨拶してみたが、あれはどう見ても堅気の人間ではない。同じ十勇者に数えられるのが恥ずかしくなるような奴だ」
こうして話を聞くと、マックが相変わらずで安心した反面、自分の知らないどこかでとんでもない事態が起こりつつあるのを漠然とではあるが感じずにはいられなかった。
せっかく異世界で二度目の人生を、今度こそ楽しもうと思っているのに、本当にやめてほしい。
三悪神、ディヤウス、百七魔星、教皇庁など、様々な勢力の様々な思惑に自分が巻き込まれるのではないかという危惧がロランの心の中に少しずつ大きくなり始めてきたのだった。
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