第38話 君子危うきに近寄らず
今日から共同生活をすることになったルームメイトのロックは、おしゃべりで、なかなかに人懐っこい性格だった。
ロランより一月ほど前に編入したらしいが、先輩風を吹かせ、施設内を案内したり、トイレにまで一緒についてこようとする。
ロランとしては、常に付きまとわれて、早くもうんざりしてきたが、これから長い年月一緒に過ごす可能性もあるので無下にもできず、ロックのペースに振り回されていた。
寮には大きな食堂があり、一年生から八年生まで入り混じって食事を取る。
今は収穫期休みをとった学生の大部分がまだ帰ってきていないそうで、空席が多かった。
入口でトレーをとり、寮母のマルゴの目の前にある料理を自分でとり、好きな席に持っていって食べる。ちなみに今日の夕食メニューは、鶏肉の煮込み料理、黒芋と葉物野菜のサラダ、パン、牛乳だった。
「こら、好き嫌いするんじゃないよ。野菜もちゃんと食え。あと牛乳も持っていきな」
寮母のマルゴにすごい剣幕で注意されて、ロックはしぶしぶ従う。
そんなロックを尻目にロランは自分の分の料理をトレーに取り、食堂の隅のテーブルに座るが、追いついてきたロックがすかさず隣の席にやってくる。
こいつ、飯時まで俺に張り付く気か。本当にウザいわ。
いい加減にイライラが爆発しそうだったが、「俺は大人だ。俺は大人だ。実年齢は四十五歳なんだ」と自分に言い聞かせ、ロックの話に適当に相槌を打ちながら、料理を口に運ぶ。
寮母マルゴと手伝いに雇われている数人のおばちゃんたちが作った料理は、農村で暮らしていた時のことを思えば、どれもご馳走であり、家庭的な味付けでおいしかった。
「ごちそうさまでした」
いつまでも野菜を食べあぐねているロックを置いて、席を立とうとしたその時、上級生と思われる三人組が近づいて来た。
身長から考えても八年生か、あるいはそれに近い学年であると思われた。
特に真ん中の少年などは、引き連れている仲間と比べても体が大きく、一丁前に髭を生やしていた。
「ロックちゃ~ん、お話があるんだけどいいかな」
「なんだよ。今飯食っているんだ。あっちに行けよ」
「おいおい、何強がっちゃてんの。この間、痛い目見たの忘れたのか。またパンツ脱がして、池に捨てるぞ。ふるちんで部屋まで戻るか? 」
髭面少年は、寮母マルゴの方をちらちら見ながら、ロックに顔を近づける。
「やめてくれよ。友達も一緒なんだ。話なら後で聞くから、今はかんべんしてくれ」
ロックはうつむきながら、震える声で言った。
なにやら、普通じゃない様子だが、友達って俺のことだろうか。
会って一日で友達とかありえないから、追い返す口実だと思う。
自慢じゃないが前世の高橋文明時代から今日まで四十五年間、友達などできたことは一度だって無い。
「後じゃダメなんだよ。明日の学食で必要なお小遣いが無くなったから、また補給してほしいんだわ。お財布のロックちゃん」
髭面少年はロックの隣の席に腰を掛け、他の二人もロックを取り囲むようにして背後に立つ。まるで寮母マルゴから小さいロックの体を隠そうとしているようだった。
昼間、俺に見せた威勢の良さは何処へやら、ロックはうつむいたまま、涙を流し、小さく震えている。
どうやら話の流れから推測するに、ロックはあの上級生たちにカツアゲに遭っているようだ。しかも、これが初めてではないらしい。入寮して一月ほどらしいが、目立つ髪形をしているから、すぐ目をつけられたのだろう。
「おい、ガキ。何見てんだ。向こうに行け」
取り巻きの一人がロランに向かって凄んできた。
キノコみたいな髪型をした、榎茸の一本分のような体型の少年だった。
寮母のマルゴの方を見てみると、少し離れた食事の配布場所で他のおばちゃんたちと井戸端会議中だ。
「はい、わかりました。ロック、先に戻っているよ」
ロランは上級生たちに頭を下げ、食べ終わったトレーを持って、食器の返却場所に向かった。
一瞬、ロックのすがるような視線と交錯したが、気が付かなかったことにしよう。
ロック悪く思うなよ。世間は厳しいんだ。
俺がお前を助ける理由は何もないし、入寮初日から先輩たちに目を付けられるのは処世術的にもよろしくない。
少年漫画やヒーローアニメの主人公なら、こういう時躊躇なく助けに入るのが当たり前だろう。だが、勘違いするな、ロック少年よ。
俺は物語の主人公ではないし、ヒーローでもない。
中身は、高橋文明。どこにでもいる普通のおっさんだ。
ただのおっさんに、過剰な期待するんじゃない。
まだ高橋文明だった頃、俺も何度もカツアゲにはあっていたしイジメもたくさん受けた。
だが、周囲の人間は大人も子供も、誰一人助けてはくれなかった。
金銭を要求される苦しさに、涙を流しながら両親の財布から金を盗んだこともある。
精神に変調をきたし、五百円禿ができたことだってあるんだ。
俺が耐えれたんだから、お前だってきっと耐えられる。
君子危うきに近寄らず。昔の偉い人も仰っていた。
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