第37話 ちょっ、待てよ

翌日、執事マチューが用意してくれた衣類など、必要な荷物を持って、騎士学校の寮を訪れた。


出迎えてくれたのは、見るからに肝っ玉母さんという見た目の寮母マルゴだった。

白髪こそはないものの、たるんだ顔の肉で老けて見えるため、年齢は分かりにくい。


「今日からお世話になります。名前はロランです。よろしくお願いします」


「挨拶くらいはちゃんとできるんだね。部屋に案内するからついてきな」


マルゴはロランの荷物をひったくる様にして、丸太のような腕で肩に担ぎ上げた。

どうやら部屋まで運んでくれるようで、ぶっきらぼうなしゃべり方のわりに親切な人のようだ。

歩くたびに揺れるマルゴの腰の贅肉を眺めながら、通路を曲がり階段を上った。

どうやら俺の部屋は二階らしい。


「二人部屋でルームメイトが一人いるから、仲良くするんだよ」


マルゴは振り返ることなく、素っ気ない様子で言い放つ。


ルームメイトか。

やっぱり個室は無理だよな。

少しテンションが下がる。


通路奥の部屋の前まで来ると、マルゴはノックもせず、ドアをいきなり開けた。


「ちょっ、待てよ。わわ、やばい。くそ、ババア開ける時はノックを……」


部屋の中には自分と同じくらいの歳の男の子が、ズボンを膝まで降ろし、下半身丸出しで、あたふたしていた。少年は慌ててズボンをはき、マルゴを睨む。


「なんだい、かわいい物ぶら下げて、一人で変な遊びしてたわけじゃないだろうね。前に言ってたルームメイト連れてきたよ。今日から相部屋なんだ。仲良くしな」


「ルームメイト? 聞いてねえぞ、ババア。ボケてんじゃねえか」


「うるさい。ババアじゃなく、マルゴさんと呼べと何度言ったらわかるんだい。とにかく新参者同士仲良くやりな」


マルゴは担いでいた荷物を少年に投げつけるとガニ股で下の階に降りていってしまった。


「何見てんだよ」


少年は投げつけられた荷物に片足を乗せ、腕組みしたまま、睨みつけてきた。

髪は短く刈り込まれ、頭の中央が鳥のトサカみたいに尖っている。

かなり昔に流行ったソフトモヒカンというより、茶色の髪色のせいで栗みたいに見える。


それにしても、なんだこいつ。

さっきまで下半身丸出しだったくせに、急にイキりやがって。

俺昔からこういうヤンチャ系の子供苦手なんだよな。

ガサツだし、乱暴だし、ヒーローごっことかやろうぜって言いだすのは大抵こういう奴だ。

そして、怪人役の子にふざけて腹パンとかしてくるのもこういうやつなんだよな。


「それ、俺の荷物なんだけど……」


彼が足を乗せている荷物を指さす。


「ああ、悪かったな。ババアが投げてよこしたもんだから、つい……」


意外にも謝罪の言葉を述べ、荷物のほこりを払うと壁に立てかけておいてくれた。


「お前、その……さっき……見てないよな? 」


ん、何のことだ。

下半身のこと?

確かに小さい子象さんなら見ましたが。


「その……あれかよ。お前は生えてるのかよ」


少年は下を向いたまま顔を真っ赤にしてぼそぼそ声で訊ねてきた。


「生えてる? 何が? 」


「ああー、もういい。何も見てないならいいんだよ。俺はロック。ナゼル騎士団領の長アルマンドの三男だ。お前、名前は」


「僕はロラン。騎士爵セドリックの息子だよ。血は繋がってない養子なんだけどね」


「そうか、セドリック卿の息子だったのか。聞いたことがあるよ。少し昔の戦で殿をかって出て、でかい戦功をあげたらしいな。お前の父さんは騎士の間ではちょっとした有名人だよ。ルームメイトになったわけだし、よろしく頼むな」


「こちらこそ、よろしく」


よかった。第一印象は最悪だったが、中身は結構まともだった。

口調は乱暴だが、挨拶はちゃんとしてくれたし、この際、下半身露出の奇行は目をつぶるしかないか。


一緒に暮らしてみて、耐え難いほどだった場合は、俺のスキル『カク・ヨム』で何とかしよう。


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