第403話 冥府と慈悲を司る神

自分で言うのもなんだけど、俺はけっこう臆病な性格である。


「君子危うきに近寄らず」を座右の銘にしているくらいだから、自分の命が危うくなるような場所には近づかないし、災難や苦労は避けて通る主義だ。


その俺が、どういうわけか、この最も恐れていたリヴィウス神とその最高幹部である≪魔丞まじょう≫ヴァルトスを前にして、リラックスを通り越して、少し緩んでるんじゃないかと思うくらいの心理状態にある。


こいつらには殺される気がしないな。


根拠はないが、素直にそう感じている。



「なるほど、我の客分となり、自身は統治には関わらず、ただ家族と平穏に暮らしたい。そういうことだな? しかし、なぜだ。それほどの力を得ながら、何か叶えたい理想や大望はないのか。我や他の神を退け、このカドゥ・クワーズのすべてを支配したいとは考えないのか」


リヴィウスは、右手で後方の配下たちを制するとロランの方へ歩み寄ってきた。


「もうそういうのは良いかな。支配者になるってことは、支配される側の面倒を見続けていかなくちゃならないし、大変でしょ。そんな時間と労力を無駄にするなら、自分の好きなことだけやって、面白おかしく暮らした方がよっぽど勝ち組だなって悟ったわけ。成り上がりたいって、ずっと思ってたけど、ようやくその形が見えたっていうか。とにかく俺は支配者や権力者という名の盲目の奴隷にはならない。光と闇の抗争にも興味は無いし、俺のハッピーライフに水を差さないように気を使いながら、お前たち兄弟同士で勝手にやればいい」


「世界の秩序を定め、保つという神本来の役割を果たそうともせずに、自らの快楽と幸福のみを追求すると? 荒人神あらひとがみというのは随分と見下げた神だな」


「何とでも言ってくれて構わない。お前たちの兄弟げんかに巻き込まれるのは御免だし、別に誰かに取って代わろうという気はない。リヴィウス、短い間だったけど、下についてみて、お前が統治者として申し分ないとわかった。魔族だけど、人間に対する慈悲も持ち合わせている。俺みたいなやつの意見にも耳を傾けてくれるし、働きやすかったよ。引き続き、エゼルキアに住ませてもらえるなら、客分として、民間からの協力は可能な範囲でさせてもらう」


「あきれた奴だ。人を持ち上げるようなことを言っておだててはいるが、その一方で支配者を盲目の奴隷と蔑む。自らはその役割を放棄し、その恩恵のみを享受しようとするか」


「しょうがないよ。俺は神の力を持ってるけど、結局、人間だもの。でも、人間として、リヴィウスを応援するよ。神々の中では今のところ一番のしだし、他にまともそうな神がいなそうだからね。ディヤウスの気配は感じられないらしいし、その代行者たる教皇庁はきな臭い。アウグスはあの通りだし、ガリウスは論外。もし、リヴィウスがこのエゼルキアに俺の拠点を置くことを許してくれるなら、俺は俺のやるべきことに専念できる」


「……やるべきこと?」


「俺のハッピーライフを守ること。これ以上は今は言えない」


「そうか。それにしてもお前を見ていると弟のディヤウスをどこか思い出すよ。わがままで、秘密主義。だが、誰よりも先を考え、皆を驚かせていた……」


リヴィウス神は、仕方がない奴だとばかりに苦笑すると、突然、戦いの構えを取った。


「お前の言い分はわかった。だが、このリヴィウスと対等の立場で、しかも客分に納まろうというのなら、その価値があるのか試さねばならん。お前が我にとって有益な客分であると証明できたなら、お前の言い分を全て呑もう。だが、それに値する力が無いのなら、己が傲慢を悔い、冥府にその身を堕とすが善い。この≪冥府と慈悲を司る神≫リヴィウスがお前の力を見定めてやろう!」

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