第404話 はい、いいえ

こんなやばいときだってのにわくわくしてきやがった。


戦いの構えを取ったリヴィウス神を前にして、某世界的人気格闘漫画の主人公や剣術の師であるシーム先生であればこんな感じの言葉を言うかもしれない。


しかし、俺は違う。


もともと戦いとか好きじゃないし、暴力は反対だ。


それならなんで、無策にも正面からエゼルキアの地に戻って来たのかということになるが、それにはちゃんと理由があった。


気配を殺してこっそりエゼルキアに潜入し、クシナたちを国外に連れ出すということも考えたが、夜兎族やメリュジーヌが難色を示すかもしれないし、大勢を守りながらの脱出は難易度が高い気がした。


せっかくここまで築き上げてきたものを手放すのも嫌であったし、かといって気心が知れてきた闇の勢力の者たちとも殺し合いなどしたくはなかった。


リヴィウス神は、なんだかんだで話が分かる神だと俺は思っている。


敵意が無いことを伝え、直接要望を伝えたならきっと関係修復のためのチャンスをくれるに違いない、そう先の展開を読んだのだ。


ここまでは、おおむね俺の予想通りに事が進んでいる。


戦いを挑まれたのは少し読み違えたが、全面抗争には発展しなくて済んだのでまずは良しとしよう。



ロランは両脚を肩幅に開き、左掌に右拳をあわせる構えを取った。


「ほう、その構えはなんだ?」


「……知らないのか。誤って相手の拳に倒れようとも相手を怨まず悔いを残さず天に帰るという意味が込められている。戦いが始まる前に相手に対する敬意を表した構えだ」


北〇天帰掌。


対峙するリヴィウス神に対して、ロランが思わず取ってしまった構えがこれだった。


格闘術は、騎士学校で基礎を少しかじり、シーム先生から剣術のついでに手ほどきを受けただけだったので、他に取る構えが思いつかなかっただけだった。


「ほう、戦う前から相手の拳に倒れることを考えているのか。そのようなことでは我に勝てぬぞ」


せめて口で勝って、精神的優位に立とうという浅はかな考えだった。

反論の余地も無い。


やれやれこんな調子で俺は勝てるのだろうか。

負ける気が全然してないんだけど、単に俺の思い込みに過ぎないんじゃあないかという気が少ししてきた。


「来ないなら、我から行くぞ」


リヴィウス神が先に動いた。


真直ぐこっちに向って走り出し、一気に間合いを詰めてきた。


右の掌底打ちが顔面を捉えようと迫って来る。


なるほど、速い。


速いが、さばけないほどではない。


ロランは、この最初の攻撃で、自分のステータスがリヴィウス神のそれを完全に上回っていることを確信した。


スピードもパワーも圧倒的に俺の方が上だ。


上段揚げ受けのような形で、掌底を弾き飛ばすと、ロランは両手でラッシュした。


「無駄、無駄無駄。無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァー」


ロランのあまりに凄まじい拳圧に、その場にいた誰もが息を呑み、自然と後ずさった。


「激流を制するは静水」


リヴィウス神の顔が一瞬穏やかなギドのものに変わり、両の掌を回転させるような動きで、ロランの攻撃を受け流してしまった。


威力を逸らされ、その逸らされた拳圧が大気を震わせる。


「ハァー。鷹爪脚!やはり、俺は天才だ~」


今度はニヒルで歪な笑みを浮かべた表情になり、ロランの顎を蹴り上げてきた。


ダメージは皆無だった。


しかし、ロランの体は空中に打ち上げられ、一瞬位置感覚を失ってしまう。


人間力じんかんりょくにより背に翼を形成しなんとか、滞空し、バランスを整える。


まずい。

拳法ごっこじゃ、分が悪そうだ。

この威力では殺されることはまずないが、力を示すという目的が果たせるかわからない。


空中に追ってきたリヴィウス神の顔を見ながら、ロランは思案した。


十拳剣とつかのつるぎを使ってもいいが、そうしたら相手も何か得物を出してくるだろうし、そうなったら勝っても負けてもお互い怪我では済まないかもしれない。


かといって、俺、新しい自分になってから、まだ他に何ができるのか把握してないんだよな。

K・Yカク・ヨムアヴァターを呼び出して聞こうにも、戦いは始まっちゃってるし、どうしよう。


『お困りのようですね。チュートリアルモード1を実行しませんか』


目の前に透明なメッセージウィンドウが出た。


その下に、はい、いいえがある。












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