第52話 名誉の退職

騎士学校初日だというのに、色々ありすぎた。

ロランは自分のベッドに寝ころび深くため息をついた。


あの後駆け付けた寮母のマルゴさんにより、気絶した担任教師テッツァーはロープでがんじがらめに拘束され、他の教師や学校職員たちにより騎士学校の守衛室に連れていかれた。

ポーリンは平手打ちを受けた頬と掴まれた手首の痣以外は怪我はなく、着ていた衣服が少し破れたほかは無事だった。もっとも精神的には深い傷を負ったかもしれないので何とも言えないが、彼女の様子を見たところ平静を装っていたようには思う。


ポーリンにはとても感謝され、柔らかな胸に顔を押し付けられ、抱擁されたのはここだけの話だ。いまでもポーリンの甘い香りと抱きしめられた感触がありありと浮かぶ。

テッツァーには申し訳ないが役得だったなぁ。

右手拳の嫌な感触なんか吹っ飛んじゃったよ。



ノックもなく突然ドアが開いた。

少し前に先生たちに呼び出されたロックが戻ってきたのだ。


「おい、ロラン。これ見てくれよ。こんなにお金貰っちゃったよ」


ロランの右手の掌には大人のこぶし大の革袋が乗っており、揺らすたびにカチャカチャと小気味のいい音をたてている。


「でも、今回の件は誰にも言っちゃダメなんだってさ。しゃべったことがわかったら逆に罰を受けるぞって脅されちゃったよ」


なるほど。つまり口止め料か。

ちなみに俺はというと学校職員の聴取済みで、口止め料などはなく、明日の午前中に校長室に来るように言われている。親あるいはその代理者にも来てもらう様に連絡したということだった。

セドリックまたは執事マチューと二人並んで説教を受け、処分について説明を受けるといったところだろうか。

無理もない。事情があったとはいえ、担任教師に手を上げ、気絶に追いやったのだ。

騎士学校の体面を考えると教師に生徒が手を上げるなど言語道断であろうし、下手をすると停学や退学ということもあるかもしれなかった。


まあいい。騎士なんかになりたくないと思い始めていたところだ。

セドリックがそれに対してどう反応するかはわからないが、その時はその時だ。




翌朝、ロックと共に登校すると、担任教師テッツァーの姿はなく、代わりによぼよぼとしたかなり高齢の老人が新たな担任を務めることになった。

ヤン教頭の紹介では、老人の名前はシームといい、退役騎士でその後、教師を長らく務めたが定年退職し、教壇を降りていたのだという。


腰が曲がっているせいか、体が小さく見え、長く伸びた髪と髭は真っ白で、騎士というより、仙人か何かのようだ。いったい何歳なのだろう。

剣は佩いておらず、長い杖を持っていた。


テッツァーは子供たちを暴漢から庇った際の負傷が原因で教職を続けることがこんなになり名誉の退職となった旨の説明があった。


「1年B組の皆さん、今日からテッツァー先生の代わりに皆さんの担任をすることになりました。私のことはシーム先生と呼んでください。少しずつ皆さんのお顔を覚えて仲良くしたいと思います」


シームと名乗った老人は穏やかな口調で挨拶すると「失礼」と断ったのち椅子に腰を掛けた。どうやら授業中は椅子に座ったまま講義を行うようで、板書はしないようだ。


どんな授業をするのか興味はあったが、ヤン教頭に校長室に一緒に行くように言われ、後に続いた。


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