第90話 楽しい時間

「あら、よっと。おい、コラ、イテッ、暴れるなよ」


オーギュスタン先輩は、髪がちりちりになり動揺しているジャンヌの一瞬の隙をつき、その体を担ぎ上げた。

オーギュスタン先輩、痩せた体に見える割に大剣振り回しているし、結構力あるよな。これが痩せマッチョっていうやつか。


どうやら、そのまま運んで、場外に出す考えらしい。


「そうは、させませんわ」


アンジェリーヌが妨害の意図で駆け寄ってくる。


やはりこうして観察してみると、剣を振るうスピードに比べて、移動速度は速くない。

ドゥンヴェールの≪連撃≫もそうだったが、アンジェリーヌの≪聖騎士≫にも対象行動とでもいうべきものがあるのか、全ての動きに速度上昇がかかるわけではないらしい。


ロランは、二人の間に割って入り、オーギュスタン先輩を援護した。


「また、あなたですの。何度、わたくしに屈辱を与えれば気が済むのですか」


アンジェリーヌの端正な顔が怒りで歪む。


なんか、すごく嫌われてないか。

彼女が放ってくる一振り一振りに、気迫とは違う別の感情を感じる。

剣の指導を受けて間もない俺に言われたくないだろうが、動きがとても雑に感じる。

一番最初の一振りは何ていうか、とても華麗で優雅だったが、今は力任せな印象だ。


その隙にオーギュスタン先輩はジャンヌの体を場外に投げ捨てた。


「くっ」


オーギュスタン先輩は膝をつき、地に手を付けたまま苦しそうにしている。

どうやら、抵抗するジャンヌの≪強撃≫によって強化された拳によって背中を痛めたらしい。


これで四対二。


残るはアンジェリーヌと≪疾風≫のルイーズだけだ。


≪疾風≫のルイーズはアネット先輩とロザリー先輩が二人がかりで相手しているが、ルイーズの回避能力の高さに一進一退で決め手に欠く状況のようだ。


あの≪疾風≫というスキルは文字通り、風の如く速く走ることができるスキルらしく、ヒットアンドアウェイで上手く間合いをとりながら数的不利に陥らないようにうまく立ち回られている。


アネット先輩のスキルは聞かされてはいなかったが、ロザリー先輩ともどもかなり剣技の腕前があるらしく、二対一ということもあり、上手く連携して攻撃を捌けている。


「ロラン、どうする。そいつの剣も燃やしてしまうか? 」


ようやく立ち上がったオーギュスタン先輩が声をかけてきた。


「オーギュスタン先輩はアネット先輩たちの方を頼みます。ここは僕一人で大丈夫そうです。それに……少し練習したいので」


自分でも、自分の口から出た言葉に驚いた。


練習したい?


シーム先生以外の人間でここまで剣技の技量を持った人と手合わせするのは初めてだった。

自分が勝っているのは速度だけで、技術面は完全にアンジェリーヌの方が上だ。


そのアンジェリーヌの剣に対応することで、シーム先生直伝の剣術の型という土台にに経験の上積みがされていく感覚があって、なんだか楽しかった。


シーム先生よりゆっくりなので、美しい剣技をじっくり観察させてもらいながら、試したいこと色々できる。


自分の動きの速さがアンジェリーヌの剣速を完全に上回っているので、その剣が体に触れることは無いし、言い方は悪いが安全な教材だ。


一瞬、自称天才拳法家の顔が浮かび、「これは最高の木人形だ」という酷いセリフが脳内で再生されてしまう。やばい、この発想じゃ、同類じゃないか。



それにこれだけの美少女と二人だけの時間。


打ち合う剣が、卓球やバドミントンのラリーのように感じられて心がふわふわする。


「練習ですって。本当にどこまでわたくしを辱めれば……」


アンジェリーヌは心身ともに限界が近いのか、汗の玉が浮かぶ顔は紅潮し、呼吸は乱れている。よく見ると涙目になっている。


「くっ、はっ、うん、いや……、もう駄目っ」


やばい。なんか目を閉じてセリフだけ聞けば、なんか良からぬことをしているみたいだ。


木剣もそうだったが、装備できる重さ以下の武器の場合、自分の体と同等の速さで振ることができる。

剣自体の重さとロランの驚異的な速さが乗った剣撃の威力は、アンジェリーヌの握力とスタミナを徐々に奪っていたようだ。


「あっ」


アンジェリーヌの剣がその手を離れ宙を舞う。


それとほぼ同時に主審の声が聞こえた。


「試合時間終了。四対二で、カルカッソン騎士学校の勝利!」


やはり、楽しい時間が過ぎるのはあっという間だ。

三十分経ったようである。

『体力:69』は伊達ではないので、自分は息一つ切れていない。

むしろ、もっと続けたかったくらいだ。


アンジェリーヌは精魂尽きた様子でその場で突き伏し、そのまま動かなかった。



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