第86話 フェイバリットホールド

審判の数は五人。

副審が真四角の試合場の四隅に一人ずつ。場内には主審が一人配置される。


主審の呼びかけで両校が中央に集まった。


「すでに知っていると思うがルールを確認する。試合時間は三十分。五対五の団体戦を行い、試合終了時に一人でも多くメンバーが残っている方を勝利だ。引き分けの場合、各チームから一人代表選手を選び、一騎打ちを行ってもらう。その勝者が所属しているチームを勝ちとする。白線から出たり、意識を失った者はその場で試合場に残る権利を喪失する。重傷を負い、審判が戦闘不能と判断した者は場外に出され、その場で権利を喪失する。なお、相手を死に至らしてしまった場合はそのチーム全体の敗北とみなすから、注意するように。以上が主なルールだ。騎士を目指すものらしく、正々堂々戦いなさい。それでは持ち場に戻ったら、キャプテンは挙手しなさい。試合開始を宣言します」


今初めてルールを聞いたが、前世の感覚で考えるとかなり異常なルールだった。

未成年のそれも十四歳以下の生徒に武器を持たせ、殺し合いの一歩手前までやろうというのである。

それを大人たちが観戦し、品定めをする。

このことに誰も疑問を抱かない世界。

やはりこの世界の人命は、前世に比べて軽すぎる。


試合前の打ち合わせでロランが最後方。その前をガブリエルとロザリーが守り、オーギュスタンとアネットが遊撃担当になった。


なんでもガブリエル先輩パイセンの天授スキルは、≪反転攻勢≫という無駄にカッコいい名前のスキルらしく、敵の攻撃にさらされた時間が長ければ長いだけ、その攻撃が強ければ強いだけ、反撃時の速度と攻撃力が上がるという強スキルであるようだ。


序盤はとにかく守りを固め、ガブリエル先輩パイセンの≪反転攻勢≫で逆転を狙うという作戦のようだ。


持ち場につき、ガブリエル先輩パイセンが挙手する。


「さあ、始まるぞ。二十分、いや十五分でいい。僕のために時間を稼いでくれ。皆の献身と期待に僕は応えて見せる。父上、母上。観客席から僕の雄姿をご覧ください。おぶっ」


ガブリエル先輩パイセンは過呼吸気味になりながらも、大盾を構え剣を抜く。


「一回戦第一試合。カルカッソン騎士学校対ルピニアン騎士女学院。試合開始!」



開始の掛け声とともに突進してきたのはルピニアン騎士女学院のゴラリーだった。


そして気が付くと敵チームの人数が二人消えていた。


開始位置から動いていないのは、≪聖騎士≫持ちのアンジェリーヌと、たしか≪細剣術≫のエマだったか。

高みの見物を決め込んでいるこの二人とゴラリー以外の二人がいない。


推測だがゴラリーの巨体の後ろに仲間が二人が縦一列でいて、あたかも単独の突進と見せかけて油断させ、三人連携による連続攻撃を繰り出すつもりではないのか。


俺は前世でこれと同じ技を繰り出す三人組を知っている。

黒い巨体のあいつらだ。


この技の名前はおそらく……ジェッ〇ストリームアタック。


「随分と慎重な布陣だね。それでも金玉付いてんのかい? 」


目前に迫ったゴラリーがガブリエル先輩パイセン目掛けて、戦斧を振り下ろした。


ガブリエル先輩パイセンは大盾で受けることをせず、後ろに飛びのきこれを躱す。


ゴラリーの戦斧は円形闘技場の整地された地面を割り、視界が遮られるほどの砂埃を上げた。


砂ぼこりで周囲の様子が見えない。


「ぐわああぁあ」


ガブリエル先輩パイセンの苦悶の声が聞こえる。

そして同時に複数の金属音。


何が起こったのか。

ここからだと砂埃とそれに浮かぶ巨大な人影が邪魔して、視界が遮られている。


ようやく砂埃が消え、辺りの様子がはっきりと分かった。


先ほどの金属音はアネットとオーギュスタンが消えていた二人―≪疾風≫のルイーズと≪強撃≫のジャンヌを迎撃した音だった。


やはりゴラリーの突進の影に隠れていたようだ。


そして、砂煙に浮かんでいた巨大な人影はゴラリーがガブリエル先輩パイセンを鯖折りしている姿を投影したものだった。


「さあ、アタイの必殺技≪愛の抱擁≫でやすらかに眠ると良いわ。貴方なかなかにアタイの好みだから背骨を折るのだけは勘弁してあげる」


ゴラリーは恍惚の笑みを浮かべながら、その両腕の力をさらに加えた。

一度も役に立たなかった大盾と剣が地面に落ちる。


ガブリエル先輩パイセンの叫び声と肉体がきしむ音が円形闘技場に響き、観客席からは悲鳴にも似た声が上がった。


≪愛の抱擁≫恐るべし。

前世では、鯖折りといい、ジャパニーズ相撲レスラーのフェイバリットホールドの一つだ。


ロザリーが細剣を重鎧の継ぎ目に突き刺し、救出しようとするもゴラリーには効かなかったようで、鯖折りを中断させることができなかった。

ゴラリーはガブリエル先輩パイセンを抱きしめることに夢中で、白目を剥いたまま鼻息を荒くしている。


やがてガブリエル先輩パイセンの苦悶の声は小さくなっていき、両手をぶらりと脱力させたまま動かなくなった。



あれ?

死んでないよね。

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