第279話 男坂

クー・リー・リンのやつ、本当にやりやがった。


なんか嫌な奴だと思ってたけど、まさか殺そうとまでしてくるなんて……。


戦闘による影響で崩れたため、崖の形状は垂直ではない。

谷底に向かって、急斜面を転がるようにして、何度も岩に打ち付けられながら落ちてゆく。


その勢いのまま、本来崖際であった場所に至り、ロランの体は跳ね上がり、そしてそのまま、川に真っ逆さまに落ちた。


この川が何というの名前なのか知らないが、結構な水量の川である。


流れは急で、水深もかなり深い。


やばい、溺れる。



全身は鉛のように重く感じ、水面がどんどん遠くなる。


高橋文明がやっていたように全身に≪闇の力≫を行き渡らせ、傷を治せるか見よう見まねでやってみたが、肝心の闇が足りない。


俺の闇では、≪天魔王≫の体全体の損傷を修復するには質、量ともに足りないようだ。


高橋文明が使って見せた≪闇の力≫は、魔闘気の源であり、どうやら闇の眷属の者たちにとってはその存在そのものといえるエネルギーのようだ。


魔闘気が使えたことからも分かるように、ロランにも≪闇の力≫があることはあるが、やはりその大元は高橋文明であるようで、その総量は比べるべくもない。


≪闇の力≫の多寡と強弱は、心の闇の抱え込む昏さと深さによる。


≪ギルティ・オブ・ブライブリー≫によっていわば漂白されたような今のロランと、前世からため込まれた鬱屈した想いと他者にお見せできないようなどす黒い心の闇から生まれた、人格の暗黒面たる高橋文明とでは、心に抱えたその闇の量に格段の差があってもそれは仕方のないことだった。



闇が駄目なら、光でどうだ?


カリストから受け継いだ≪聖光気≫を全身に漲らせ、筋繊維や関節などの体組織の再生を試みる。


次の瞬間、今まで感じたことのない激痛が全身を駆け抜けて、思わず空気を吐き出してしまい、大量の水を飲んでしまった。


苦しい。息ができない。


しかも全身の痛みはさらに増し、気を失いそうだ。


まるで全身の細胞で≪闇の力≫と≪聖光気≫が激しい戦いを繰り広げているような、そんな痛みだった。


もう駄目だ。死ぬ。


前世で一度死んだからわかるが、これ絶対に助からない。


肉体が痙攣し始め、肛門が弛緩しているのか水が入ってきた。


ロランは動かない体で何とかしようともがいたが、身悶えするだけで手足は動いていない。


ちく……しょ……う。

ちくしょぉぉぉぉお。


あのコーヒー豆野郎!

よりにもよって、あんな奴に何で殺されなきゃならないんだ。


何回か命を救ったことだってあったのに、なんでだ?


こんなことなら、助けたりしなければよかった。


もし、生きて戻れたら、最初にあいつをぶっ飛ばす。

あいつが泣きわめいて許しを乞うても、俺はきっと殴るのをやめない。




不意に誰かが自分の体を掴んできたような気がした。


死神か?あるいは川底に引きずり込もうとする物の怪の類か。


もはや意識が混濁し、周囲の状況はもうわからない。


沈んでいるのか、浮かんでいるのかさえ不明だ。


身体を掴んでいるその存在を振りほどく力などもう無いし、覚悟を決めるしかない。




いや、嘘だ。

そんなに潔くは死ねない!


死にたくない!!



オレはようやくのぼりはじめたばかりだからな。

このはてしなく遠い男坂をよ…。




未完。




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