第523話 三匹が

羽化して出でし者。


それは神ではなかった。


人族でも、魔族でもなく、魔物、いやこの地上のありとあらゆる生物とも異なる醜悪な外見をしていた。


死者をも取り込んだからであろうか、辺り一面に腐臭を漂わせ、その存在は生きながらにして腐敗し、腐敗した先から再生するなど、常に変化し続けていた。


背に四枚の大きな羽を持ち、百足むかで大蛇おろちの合いの子の様な下半身と百を超える大小の頭部を持っていた。

人間のような胴体の前側には向きがバラバラの腕が何本も生えていて、おぞましく蠢いている。


その身に宿る≪神気≫は統一感が無く、光と闇の間で、常にぶれているようであった。

その移ろいが何らかの増幅効果をもたらしているようで、不安定ながらもロランに匹敵する≪神気≫量にまで膨れ上がり、さらに膨張を続けている。


やがて大小ある頭部のうちの最も大きな一つが口を開いた。

それは先ほどまでのヤルダバオートの頭部に酷似していたが、頭髪はすべて抜け落ち、黒く日焼けしていた。


「ロラン、憎い……。ロラン、憎い……」


そして他の頭部たちも一斉に「ロラン、憎い……」と呟き始めた。


その場にはロラン憎しの怨嗟の声が満ち、異様な雰囲気に≪魔星≫たちも皆、固唾をのんで成り行きを見守っている。


「ヤルダバオート! お前なのか?」


ロランが大声で問いかける。


「 何者だ、お前たちは……? 私の名はヤルダバオート。真なる創造主として目覚めたばかりだ。うぐっ、うおぉぉぉ……。おえっ、おえええっ、うっぷ。おええー。はあ、はあ。私には、何もわからぬ。何も思い出せぬ。しかし、何をやるべきか、それだけはわかっている。ロランという名の者と地上の生命の全てを滅ぼし、その上に我が理想の世界を一から創り直すのだ!」


百以上ある頭が一斉におぞましい雄たけびを上げ、全身から凄まじい衝撃波を発生させた。


その衝撃波は、旧ヴィレヌーブ宮殿は元より王都中の建造物をまるで紙で作った模型であったかの如く吹き飛ばしていく。

その余波は王都をさらに超えて、その遥か外側まで影響を与えかねない勢いだった。


「くそっ、滅茶苦茶やりやがって……」


辺り一帯の人々の悲鳴がロランの耳に届くと同時に、ロランはヤルダバオートと自分たちが立っている場所の大地をグナーシス・レガシーによって隆起させた。


それはみるみるうちに周囲の山々よりもはるかに高くなり、さらに雲をはるか眼前に見下ろせるほどの高さになった。


それと同時にナミーシア・レガシーを地上に引き出し、衝撃波の範囲で負傷したと思われる人々を癒したが、おそらく即死だった者も多くいて、それは諦めざるを得なかった。


この天空に突出させた大地に残っていたのは、ヤルダバオート以外ではロラン、シーム、そして武神奉先ほうせんだけだった。


武神奉先ほうせんは大地が隆起するそのわずかの間に、「陳宮!」と叫び、さきほど渡した≪貂蝉≫の魂魄が封じられた宝珠を少し離れた場所で隠れていたらしい小柄な男に向かって放っていた。


おそらくこの場から自力で退避することも可能であっただろうが、どうやら付き合ってくれる気らしい。


シーム先生は、その端麗な顔立ちに戦意を漲らせながら、無言でヤルダバオートを見据えている。


他の≪魔星≫たちもこの場に呼ぶこともできたが、この神々の領域の戦いについていけるかわからなかったのであえて、地上の人々の救助をさせるべく残した。

人間光じんかんこうによる七つの奇跡ミラクルのうちの一つ、≪弩呼喪どこもの光≫でその旨を先ほど指示した。



「……ヤルダバオート、その様子では俺との約束も、もはや覚えてはいまい。それ以上の醜態をさらす前に、この俺の手で無へと還してやろう」


武神奉先ほうせんは、まるで泥酔者のようにその全ての口で何か酸っぱい匂いの液体を嘔吐し続けるヤルダバオートに独り言のように言った。


「それって、手伝ってくれるってことでいいんだよね」


「ふん、馴れ合う気はない。俺は俺で、自分のけじめをつけるまで。貴様は貴様で好きにやるがいい」


「ふーん、まあ、いいや。かなりひどい目に遭ったけどお前のおかげで少し成長できた気がするし、仲間として考えたら心強い。俺、けっこうお前のこと嫌いじゃないし、さっきの≪貂蝉≫さんの魂の件もなんとかしてあげてもいいよ」


「なんだと?」


「すごい美人らしいし、俺も拝んでみたいかなって。シーム先生はこの戦いに付き合ってくれると思ったから、勝手に連れて来ちゃったけど良かったよね?」


「水臭いぞ。言ったはずじゃ、師弟はひとつだとな」


「ありがとう。相手が得体のしれない化け物だし、正直、ぼっちじゃ、心細かったけど、この三人なら必ずやれるって確信が湧いてくる。さあ、決着をつけよう。そして帰るんだ。俺たちのカドゥ・クワーズに……」


ロランたちはそれぞれの得物を手に、まだ謎の吐き気に苦しんでいる様子のヤルダバオートを取り囲んだ。


そういえば昔、三人の侍が活躍する痛快時代劇あったよね。


何か思い出しちゃったなあ。

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