第448話 神の座を巡る頂上決戦

「ゴホッ、ゴホッ、ぺっ。ん゛~ん゛。如何にも我がヤルダバオートである」


老人はたんを玉座の脇に吐き捨て、額に浮かんでいる玉のような汗を拭うと、平静を装い、そう名乗った。

指先は震え、貧乏ゆすりはしているが、あえて目をそらさずに受け答えしている辺りは、腐っても神というところなのだろう。


肉襦袢とカツラをやめて、ちゃんと着飾ったなら、仮に老境にあってもそれなりにラスボス感が出ていたと思うのに非常に残念だ。


比較的若い年代の仲間たちと目線を合わせて付き合いたいという意思の表れなのか、それとも年寄りと侮られたくないためか、いずれにせよ若作りすることに執着しすぎだと思う。


「我が同郷の友であるアンリが申していたとおり、そなたが同胞に加わりたいというのは、まことか。我が故郷である地球からの≪転生者≫なのであろう?」


「確かにオラは地球生まれのサ〇ヤ人だ」


「なるほどな。たしかに地球からの≪転生者≫のようだ。我もその漫画は好きで、もう何度も読み返しておる。名作だな。何千年経っても面白く、何度も最初から読み返してしまう。そなたとは仲良くできそうだが、返事や如何に? 同胞に加わるのか、否か?」


「同胞って、この奇人変人倶楽部に? 冗談でしょ」


「ぐぬぅ。やはり、そうであろうのう。では、このワシを殺し、カドゥ・クワーズのあるじの座を奪いに来たか?」


「いや、そういうの興味ないから。さっき、『地球生まれのサイ〇人』とかいったけど、どっちが強いとかそういうことにも興味ないんだよね。カドゥ・クワーズの主とか言っちゃってるけどさ。こんな空間に閉じこもって、シコシコして何が楽しいわけ?」


「愚かな。完全なる≪天頂神座てんちょうしんざ≫の力さえあれば、このカドゥ・クワーズの世界の天動地動、あらゆる種族の興亡まで思うがままであったのだぞ。貴様がワシから奪った分の力でさえ、この地上に君臨する分には十分だった。ワシはその力を用いて、このカドゥ・クワーズに、仲間たちと共に≪自由の楽園≫を築く計画だったのだ。己の本性と欲望を誰にも抑圧されることなく自由に発露させ、そこから得られる快感を享受できる世界。返せっ!ワシの、≪天頂神座てんちょうしんざ≫の力を、返せ!」


「返せと言われても、俺が奪おうと思って奪ったわけじゃないし、それにほら、もう俺と完全に一体化しちゃってるじゃない。それにさっきも言ったけど無益な戦いをしに来たわけじゃないから、少し落ち着いてよ。血圧が上がってぶっ倒れでもしたら、俺が殺したって、下の連中に誤解されちゃうじゃん」


「くそっ、殺しに来たわけでも、カドゥ・クワーズのあるじの座を奪いに来たわけでもないとぬかすか。では、何が目的だというのだ。力を奪われ、絶望するこの哀れで醜い老人の無様な姿を嘲笑いに来たか!」


「いや、信じてもらえないと思うけど、≪天頂神座てんちょうしんざ≫の力を奪うとかまったく考えて無くて、ちょっと様子を見に来ただけだったんだよね。お前たちが仕組んだ地上の争いとそれによる混乱に迷惑してて、どんな奴らがこの茶番の筋書きを描いてるんだろうって」


「これだけのことをしておいて、ただの成り行きだったとぬかすか。キエーッ!」


突然、ヤルダバオートが立上り、空中に出現させた杖を手に取ったかと思うと、不意打ちを仕掛けてきた。

その杖の先には禍々しいオーラを放つ刃が付いており、それをロランの顔面目掛けて突き出してきた。


ロランはそれを動じることなく、事も無げに首を最小限動かして躱すと、杖の柄を右手で掴んだ。


「なるほどね。ディヤウスもそうやって不意打ちで殺したんだ。……爺さん、あんた本当に卑怯者なんだね」


「おのれ、せめてアリエノール王女の肉体さえ手に入っておれば……」


二人の視線が交差し、掴み合う杖を中心に周囲の空間が震えた。

階段下の方からはどよめきが起こり、≪天頂神座てんちょうしんざ≫の間の天井に亀裂が入った。


「アリエノール王女? アリエノールがどうしたの?」


ロランが力を軽く入れると、ヤルダバオートは体勢を崩し、苦悶の表情を浮かべる。


「いいか。いい気になるなよ。これはワシの全盛期の力ではない。王家の高貴な青き血を持つ年頃の処女を依り代に出来れば、ようやく習得した≪神霊魂転移≫の秘術で全盛期の力と若さを取り戻すことができたのだ。王家に女子が少なく、条件を満たす者がいなかったために、実現できずにいたが、そうすれば、貴様ごときワシの相手ではなかったのだ。あのリヴィウス神にさえ劣らぬ全盛期の力さえあれば……」


「悪いけど、アリエノール王女はもう処女じゃないし、俺はリヴィウス神より強いから。それと……俺の女に手を出そうとするんじゃねえ!」


ロランは、怒りに任せ杖をへし折った。

同化した闇のタカハシフミアキの影響だろうか、何か無性に腹が立った。


「ひぃ、ワシの自慢の杖が!伝説の名工神コーマンに作らせたストレスを攻撃力に変換する伝説級の神器が……」


杖を折られたヤルダバオートは、何か信じられないという顔で呆然としていたが、何かを思いついた様子で、突然土下座し始めた。


「ま、参った!どのようにしてそのような強大な力を手にしたのかわからんが、この場所に姿を現した瞬間から今現在もこうしてお前が恐ろしくて、震えが止まらなかったんじゃ。嘘じゃない。股間の辺りが濡れておろう。恐怖のあまり、こんな愚挙を犯してしまったんじゃあ。どうか、お許しを。この哀れで惨めなおいぼれの老い先短い命を奪うことだけはどうか、どうか。何でもする。ほらこの通り、靴も舐めます。未来永劫、寿命が尽きるまで馬車馬のようにあなた様にお仕えいたします」


ヤルダバオートは這いつくばって足元に顔を近付け、本当に舌でロランの長靴の先を舐め始めた。


「うわぁ、何すんの!じじいに靴舐められて喜ぶ趣味無いから。かえって汚くなっちゃたじゃないか。なんかテンション下がったわ。もう、帰ろう」


ロランは大きなため息を一つ吐くと、踵を返し、階段を下り始めた。



「かかったな。この阿呆めが!」


ヤルダバオートは折られた名工神コーマンの杖の刃先を拾い、それを腰の辺りに構えると無防備に見えたロランの背中目掛けて、突進した。


それは今しがたロランから受けた屈辱によるストレスとディヤウス殺害時に残ったストック分の全ストレスを込めた全身全霊の一撃だった。


「リタイヤーズ・フェニックス!」


貯めたストレスを発散させるブロウ・オフ・スチーム≫に名工神コーマンの杖の神器のパワーを加算するヤルダバオートの奥の手。


その威力を知るヤルダバオートは勝利を確信し、歪んだ笑みをその皺だらけの顔に浮かべ、涎をこぼした。



あと少しでロランの左腰の辺りに、吹き上がったストレスフルオーラを纏った刃が到達するかに思われた瞬間、対象がヤルダバオートの視界から消えた。


否、ロランは素早く振り返ると同時にその攻撃を躱し、すれ違うヤルダバオートの背をドンと押したのだ。


ヤルダバオートの眼はその動きを捉えることができず、また何が起こったのかすら把握することができなかった。


全速力で勢いよく、下り階段の傾斜の勢いと重力をも生かした加速に乗ったヤルダバオートの体は、ロランに強く押された勢いも加わって、制御不能に陥っていた。


顔面から階段の踏み床に激突し、そのまま蒲田行進曲の「階段落ち」よろしく一気に階段下まで転がり落ちた。


ただし、本家本元の「階段落ち」は三十九段だったが、この神の玉座に至る階段はゆうに五千段を超える。


まさしくこのカドゥ・クワーズの世界を支配する神の座からの転落を象徴するような光景だったが、それを眺めつつ呟いたロランの言葉は、「あんた、嘘つきだね」だった。


あー、カリカリ梅が食べたくなったなあ。

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