第449話 死ぬ、死ぬ、苦しい

「ひぃいい、死ぬ、死ぬ、……苦しい。誰か……」


階段下で、ヤルダバオートが苦しそうに呻いている。


スキル≪カク・ヨム≫でステータス確認したわけではないが、老いたとはいえ神の肉体。

階段から落ちたぐらいでは死ぬはずがない。


「おい、たまげたぜ。スーパーマン・ステアーズから変なじいさんが転がり落ちてきたぜ」

「ヒヒヒッ、じじい、こんなところで何してんだ。どこから紛れ込んできた」

「おじいちゃんが苦しそうにしているぞ。かわいそうに俺が楽にしてあげよう」


胸を押さえ、青息吐息のヤルダバオートの周囲には、何事が起こっているのかとこの場所にいた≪数字の番人ナンバーズ≫らしき連中とその連れが集まって来ていた。


追放されし神々エグザイルズ≫とかいう弱そうな神々は蜘蛛の子を散らすようにこの≪天頂神座てんちょうしんざ≫から出ていってしまったので、今、この場所にいるのは人間の男女が三十人ほど。


数字の番人ナンバーズ≫という地球からの転生者は、十三人しかいないという話だったので、ダミアンを除く十二人全員がここに集っていたとしても、半分以上はただの人間ということになる。

数字の番人ナンバーズ≫以外の仲間である可能性もあるし、あるいは楽しみや身の回りの世話をさせるために招き入れた娼婦や奴隷たちなどかもしれない。


いずれにせよ、この場にいる誰もがその老人をヤルダバオート神だと思っていない。



「お爺ちゃん、大げさだな。とうっ!」


昇る時はちょっとカッコつけて、翼生やしてみたんだけど、よく考えたら跳躍で十分だった。


ロランは一足飛びに階段の踏み床を蹴ると一気にそこから階段下まで飛び降り、空中で回転して、落下の勢いを殺すと、静かに着地した。


ロランの突然の出現に、≪数字の番人ナンバーズ≫たちは驚いたようだったが、即座に身構え、距離を取った。


なるほど、やはりそれなりの手練れが揃っているようだ。


「待て、みんな。この男の名はロラン。我らと同じ地球からの≪転生者≫だ。敵ではない!」


アンリ・プッティーノが汗で黒い塗料が落ちかかった顔を険しくして、ロランと≪数字の番人ナンバーズ≫の間に割って入った。


まあ、別に庇ってもらう必要はなさそうだけど、無駄な血を流す必要もない。


争いを好まないみたいだし、こいつ変人みたいだけど、割といい奴かもしれないね。


「アンリ、じゃあ、この地べたで這いつくばっているジジイは誰だ」


頭に目立つソリコミが入った巨漢が疑問の声をアンリ・プッティーノにぶつけてきた。

発達した僧帽筋で首が埋まってしまうほどに鍛えこまれた体は見るからに一般人ではなさそうだ。


「こ、このお方はヤルダバオート神様だ」


アンリ・プッティーノの答えに一同が驚きの声を上げた。


「私だけが知るこのお方の本当の姿だ。ヤルダバオート神様は己の老いた姿を恥じておられた。皆の前に姿を現した時は、私が若い別人の姿に化けてそのように振る舞っていたのだ」


「……そうだったのか。しかし、待て。そのヤルダバオート神様の様子がおかしいぞ」


うざったい長髪をした眼鏡の男が駆け寄ったヤルダバオートを見ると、顔面蒼白で苦しそうにあえいでおり、意識が朦朧としているようだった。


ただでさえ高齢に見えていたのにその顔はさらに年老いてしまったかのように見えた。


「こう見えても前世は医者だった。少し容体を診てみよう。もっとも私はわざと手術を失敗させて患者の断末魔の苦しむ顔を眺めるのが専門だったがね。診察には自信がある」


ウザロン毛眼鏡が下卑た笑みを浮かべながら、ヤルダバオートの脈を取り、肉襦袢をメスで引き裂いて、胸に直に耳を当てたりし始めた。


「呼吸、心音。生命活動が著しく低下しているな。何か大いなる絶望がこのお方の生きようとする意志を潰えさせてしまったのではないか。目に光がない。神の肉体のことは専門外だが、このままだと生命活動の維持が困難になって老衰で死ぬぞ」


ウザロン毛眼鏡は、ちっとも医学的でない所見をドヤ顔で如何にもという口ぶりで皆に披露した。

こいつ、本当に医者だったのか?


「ワ、ワシの夢が……。自……由の世界を作るという夢が……」


ヤルダバオートは涙を流しながら、ようやくその言葉を吐き出した。


その様子を見て、ロランは何と声をかけようか思案していたのだが、まもなくヤルダバオートはがっくりと首をうなだれ、動かなくなってしまった。


嘘でしょ。

神様ってこんなにあっさりと死ぬ?


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