第525話 再統合

原因不明の凄まじい吐き気と眩暈、そして激しい頭痛に、ヤルダバオートは苦しんでいた。


全身にこれまで感じたことが無いような活力とほとばしる生命力を感じているのに、まるで自分の思い通りにならず、どこの部位をどう動かしたらいいのか、まるで見当がつかなくなっていた。


余の腕、余の足はどれだ。


足! 足が無い。


頭は……、余は今、どの頭で考えている?


多数ある頭部から得られる膨大な情報が集約しきれず、氾濫していた。

視覚も聴覚も嗅覚も重複し、制御できていない。


自分の名がヤルダバオートであることはわかる。


だが、それ以外のことを思い出そうとすると、無数の見覚えのない記憶が流れ込んできて、頭が割れそうになる。


まるでその無数の記憶たちが、自分の身の内で反旗を翻しているようだ。


頭、頭、頭、頭、頭、頭、頭、頭、頭、頭、頭、頭、頭、どの頭が!


それに、ここはどこだ。


周囲は見渡す限りの空。


足下にはどうやら大地があるらしい。


三通りの背格好の三百人ほどに取り囲まれている。


三通り?


違う。百人単位で、一斉に同じ動きをしている。

こやつらは三人。

三人が三百人であるかのように視えているのだ。


視界の重複が他の感覚をも狂わせてくる。


視覚を、何よりもまず視覚を統合せねば……。


ヤルダバオートは必死で他の頭部たちに呼びかけたがまったく応えが無かった。


統合が無理であるならば、視野情報の認知方法を工夫するしかない。



突然、身を裂かれるような激痛と快感が襲ってきた。


慌てて周囲の状況を確認すると、どうやら赤みがかった金髪の若者に斬りつけられたようだった。

見覚えがある顔で、その者を見ているとなぜかどす黒い気分が湧き上がってくる。


ロラン!


そうだこいつがロランだ。


ロランは真っ先に殺してしまわなければならないとヤルダバオートは瞬間的に思った。


「殺す!」、「殺す!」、「殺す!」、「殺す!」、「殺す!」、「殺す!」


全ての口が一斉にそう叫ぶと、自分の体に生えている無数の腕が一斉に伸びて、それがロランの体を多方向から刺し貫いたようだった。


ロランの体は、嗅いだことのあるようなけむい匂いを残し、跡形も無く消えたが、今度は数千体のロランが周囲に出現し、方々から一斉に斬りかかって来る。


「これが、≪SAYウンの光≫か。なかなか使えるね」


その中の一体が不敵な笑みを浮かべて言った。


ズドンッ!


鈍く、重い衝撃が体に響き、今度は体に大きな穴が開いた。


こちらは記憶にない大男だった。

いや、記憶にないというのは正確ではない。

微かに見覚えがある気はするのだ。

数えきれない人間の、数えきれない記憶が、雑然と未整理のままあって、それを表す記号が存在する場所を見失っているのだ。


その大男は、手に槍の様な変わった得物を持ち、狂猛な瞳でこちらを見据えている。


他にも身体の周囲でちょこちょこと跳ねまわり、腕を切断したり、頭を潰している奴もいる。



身体が重い。


それに自分とは違う別の誰かが、勝手にそれぞれの部位を動かしているようだ。


「余がヤルダバオートだ!」


そう叫んでみて、自分の位置を把握しようとしたが、他の頭部も同時に、同様に叫ぶので、まったく意味がなかった。


この体は何だ?

まったく機能的ではない。


無駄が多すぎる。


「駄目じゃ。いくら斬りつけようとも、どてっぱらに風穴明けようともすぐに再生してしまう。このままでは、切りがないぞ」


両手に各々別の剣を持った男が頭上の方でそう言った。



再生?


そうか。

このむず痒いような得も言われぬ快感はそれか。


たしかに見づらいが、自分の体表につけられた傷も、胴体の大穴もすでに消えて無くなっているようだった。


そしてさらに負傷した部位の情報から、更に全身が強固になっている実感がある。

皮膚や鱗が剥がれ落ち、より厚く、より高度がある鱗が表皮を覆い始めた。


そして、痛みを受けるほどに全身の感覚がより明瞭になり始めた。


少しずつ全身の感覚を掌握できるようになってきた気がする。


そうだ。


この肉体は不完全、ゆえに無限の可能性を秘めているのだ。

細胞のひとつひとつが生生流転し、それはあたかも宇宙の誕生のように膨張し続けていく。


だが妙だ。


細胞だと?


神たる肉体にそのような不完全かつ下等な構造機能システムが必要か?


余は真なる創造主として生まれ変わったのではなかったか。


人族、魔族、神、天使族、魔物、そして死者。


それらの膨大な気の集合体や肉体、魂魄などを取り込み、その優れたる要素だけを抽出し、同化することで凡百の神々の立てぬ高みに到達したのではなかったか……。


抽出? 同化?


それは余がやったことか?


ヤルダバオートは少しずつだが、己が何者であるのか、ぼんやりとだが思い出しかけていることを実感した。


有象無象がひしめき合う混沌とした状態から、己の強烈な自我が抜け出て、他を支配しようとし始めたのだ。


ゆっくりとだが、確実に支離滅裂な状態からの再統合が進みつつあった。











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