第526話 伝統的な手法

「もう、やめよう」


最初にそう言いだしたのはロランだった。


ロランは三十体ほど出していた≪SAYウンの光≫による分身を解除し、辺りにはお線香の香りが一瞬、漂った。


ヤルダバオートの再生し続ける肉体に斬撃などの物理的攻撃を与え続けるのは意味が無いと判断したのだ。


「どうした? もう怖気づいたのか!」


武神奉先ほうせんが苛立った様子で大声を上げた。

全員耳が良いんだから、そんなに大きな声でなくても伝わる。


「いや、よく見てよ。再生した箇所が少しずつ強化されていってる。ダメージも無いみたいだし、敵に利するだけで、意味ないでしょ」


ロランが指摘した通り、ヤルダバオートの肉体は再生した部位の方がそれ以外の部位よりも一回り大きくなっていたり、表皮が分厚くなっていたりしていた。


「ぐっ、ならばどうしろというのだ。このまま防戦一方でいろというのか?」


襲い掛かって来る触手のように伸びる多くの腕をいなしながら、奉先がそう返した。


シームは、ロランがやめようと提案する少し前から守備に徹するようになっており、思慮深い眼差しを向け、けんに回っているようだった。


少し作戦会議しよう。


ロランは人間光じんかんこうによる奇跡ミラクルのうちのひとつ、≪弩呼喪どこもの光≫で、三人の間に意思疎通のための人間光のケーブルを出現させ、繋いだ。


ヤルダバオートの攻撃は休むことなく続いており、この規模の戦いをするには決して広いとは言えないこの場所で、逃げながら話し合いをするにはこの方法が最適だったのだ。

三人の会話は音ではなく、人間光のケーブルを介して通信されるため、内容をヤルダバオートに聞かれる心配もない。


『シーム先生はどう見る?』


『うむ、ロランが言うとおりかもしれん。手ごたえから察するに、攻撃を加えるほどにこやつは強化されているように感じた。それに見ろ。生と死が同時にある……とでも言えば良かろうか。儂らが手を加えずとも、肉体の組織が一定周期で崩壊していき、そしてその崩壊した組織が再結合して新たな組織になっていくことを繰り返しているように見える』


それは人の細胞の新陳代謝とは似て非なるものであるように思えた。


古いものが新しいものに次々と入れ替わるのではなく、永遠とメビウスの輪の循環のように、あるいは録画した動画をループで視聴しているかのような状態が延々と繰り返されているのだ。


『俺も同感だよ。あと補足だけど、二人にも、わかるかな? あいつの神霊魂の形はひどくいびつで、かつ不明瞭なんだ。≪神気≫を宿しているからには神なんだろうけど、あの肉体の形と魂魄の形がまるで一致していない。微細になった神霊魂が、ミンチのように細かくなった雑多な魂魄片の巨大な集合体の中に紛れ込んで散り散りになってしまっているんだ。ハンバーグのたねに下味をつける時に入れる塩や胡椒みたいな感じでって言っても、シーム先生たちにはわからないか……。とにかく俺たちの攻撃はヤルダバオートの神霊魂に直撃していない。魂魄の集合体部分を傷つけているだけで、決め手にはなっていないんだ。わかるのはこれだけ。あの再生と崩壊を繰り返す肉体とか、魂魄の表裏一体になってる感じとか、説明のつかないことが多すぎる』


『そのような理屈はどうでもいい。具体的な策を示せ!』


『……うーん、それなんだけどね。圧倒的な火力で、一気に全てを消滅させるというベタな方法も試す価値はあるとは思うんだけど、この惑星にも甚大な被害が出てしまうし、俺は敢えて伝統的な手法で決着をつけたいと思うんだ』


『なんじゃ、その伝統的な手法というのは?』


『時間が無いから、詳しい説明は後でする。二人には俺の指示通り動いてほしい。そのために二人をこの場に連れて来たようなものだからね』


ロランは簡潔に、奉先とシームが為すべきことを説明した。

そして、「後は任せてよ」と言って、≪弩呼喪どこもの光≫の通信を切った。



伝統的な手法。


それは多くの作家たちが小説、漫画、アニメなど様々なジャンルにおいて用いてきた最終的な解決方法であった。

作品の展開を盛り上げるために、無計画に強くし過ぎたラスボスなどをどう倒したらいいかわからなくなり、打ち切り寸前まで追い詰められた挙句、血反吐を吐く思いでひねり出した先人たちの知恵でもある。


「なんで、わざわざこんな上空にまでこの大地を突出させたと思う?」


ロランは不敵な笑みを浮かべ、足元の大地から元の地上までの高さ部分を筒状に、そしてその根元にあたる広範囲の土砂をグナーシス・レガシーで純鉄に変えた。


それは遠くから俯瞰で見れば、亀頭部こそないものの、興奮時の男性器のような形を偶然にもしていた。


さらに芯の部分を溶岩に変え、さらにナミーシア・レガシーで活性化させる。

その中に大量の空気と水を転移させれば、インスタント噴火の出来上がりだ。


純鉄の融点は、およそ摂氏1500度。

溶岩に耐えうる。


そう、溶岩のパワーで宇宙に追放するんだ!


「今だ。シーム先生、気流を制御して、大気圏突入までの進路が逸れないように固定して!」


シームはロランに説明を受けた通り、≪鳳竜双剣ほうりゅうそうけん≫から放たれた凄まじい炎と風、それに気流を操るおのがスキルの力を加え、天に立ち上る巨大な炎の竜巻のようなくだを作り上げた。


その中心に閉じ込められた形のヤルダバオートは、百を超える数の口からおぞましい苦悶の叫びを発し、そこから逃れようと蠢きだしたが、すぐにそれは阻まれることとなった。


奉先が、


それはロランのようにカドゥ・クワーズ全体の時間を停止させるような能力ではない。自分と対峙する相手がようやく入るような視界内のごく狭い範囲にのみ及ぶ時間停止だ。


しかも、止めていられる時間はわずか二、三秒ほど。


だが、それで十分だった。


通常の噴火よりも狭い噴出口と弾道から、圧縮された溶岩が水蒸気とガスによって押し上げられるパワーの凄まじさたるやまさに人知を超えるものであった。


ちなみに普通の噴火などで岩石が惑星外に吹き飛ばされるということは無い。


噴煙が地上数十キロメートルの成層圏に達することはあるが、それは細かい火山灰が上昇気流で舞い上がったものだ。

火山礫や火山弾のような質量を持った物質はせいぜい上空数キロメートルが限界なのだ。


地球とカドゥ・クワーズがほぼ同等くらいの惑星だと仮定すると、脱出可能速度は秒速11.7キロメートル。


これを満たさなければ、ヤルダバオートを惑星外に追放することなど叶わないかもしれない。


それゆえにロランは普通の火山を創るのではなく、あくまでも自然エネルギーを利用した砲台のような発射装置を生み出したのだった。


あっという間にヤルダバオートの肉体は大気圏外へと押し出されていった。


そしてその行き先を、ロランはただ見つめていたわけではなかった。


リヴィウス神を一瞬で消し去ったあの≪無明一閃むみょういっせん≫のためを開始していたのである。

これはヤルダバオートを倒すためではなく、追加の推進力を与えるのが目的だった。


眉間に人差し指と中指を揃えて当て、気分はもう、あのナ〇ック星人だ。



神になったことで得た超人的な視力は為す術が無く遠ざかっていくヤルダバオートを見失うことなく、補足し続けていた。


事態を把握できていないのか、それとも未だ正気を取り戻せていないのか、今のところ、こちらに戻ってこようとしている気配はない。


もし仮に見失っても≪神気≫の位置は把握できているが、何分、カドゥクワーズも相当な速度で回っている。

目視だけに頼っていては命中させるのは難しいかもしれなかった。


五分間程度のチャージであの威力だったから、今度は十分じゅっぷんくらい溜めてみるか。


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