第235話 禅問答

見張りの男に教えられるままに、村長の家に挨拶に行き、ゾール村内の空き家をひとつ借りることができた。

屋根は藁ぶきで、三人で使うには勿体ないくらいの広さがあった。

少し前に魔物の襲撃がこの村でもあったらしく、その時にこの家の持ち主は命を落としたらしい。


室内にある西洋竈を使って、馬肉と引き換えに分けてもらった穀物の粉を練ったものを焼き、それに薄く切り分けた肉に塩を振りかけて焼いて挟んで食べた。


夕食後、満腹になったクー・リー・リンは疲労のせいか暖炉の前で大鼾おおいびきをかいて眠っている。

時間にすれば合計一時間も馬車を牽いていないのに呑気なものだ。



「良いか、お前は儂らの基準で行くとかなり変わっとる」


そう前置きしたうえで、シーム先生は魔闘気にまつわる講義をしてくれた。


聖光気せいこうきは本来、光の属性神に連なるものが持つ特殊な精神エネルギーじゃ。これは魔闘気を持つ我らには決して持つことが出来ぬもの。だが、お前にはなぜかその両方が備わっておる。これには気づいておるな」


ロランは、自分の内面に目を向け、その二つが共存していることを確認し頷いた。

呼び名は知らなかったが、黄金色に輝く清らかなエネルギーが魔闘気を包み込むようにして、確かに存在している。


魔闘気にはある程度自分の意思が通じているようなのだが、その聖光気というやつの方は今のところあまり自分の物である気がしない。

聖光気には意志のような物が感じられ、動かすには要望をイメージで伝え、了承されなければならないような変な感じがある。

自分のオーダーを、まるで自分以外の誰かが聞いて判断してから動いているような意志との不一致が明らかに存在するのだ。


「当然、儂らが持ち得ぬ聖光気については何も教えることは出来ん。だが、魔闘気は、儂がになる前から得手としておる闘気との類似点も多く、その扱いは正直、極めておると自負している。その儂が教えるのだから、お主の前途は誠に明るいと言わざるを得ない。剣聖技と魔闘気。その両方の極致を弟子として受け継ぐのだ。善い師に恵まれて本当によかったのう」


ちょっと、待て。

今確かに、「儂がになる前」と言った。

それに「儂ら」って複数形なのも気になる。


魔伽藍まがらん内で、冒険者のマックさんから聞いた、流れ星のような光が頭上から降ってくるという不思議な現象後、シーム先生はどこか様子がおかしかった。


以前は知らなかったのではないかと思われる魔闘気やそれ以外の神々にまつわる知識について詳しすぎるし、昨日の立ち合いでも「同志の魔星では無い」と言っていたのを確かに聞いた。


ずっと前から気になっていたが、あえて触れないようにしてきた≪魔星≫についてここで聞いても良いのだろうか。


まさに伏魔殿ふくまでんにあるという巨大な一枚岩のように、その下に封じてある取り返しのつかなくなる状況が吹き出て、自分が望まぬ状況に巻き込まれてしまうのではないかと不安だったのだ。


しかし、これから長い旅路を往く中で、その疑問を抱えていながら気が付かないふりをし続けるというのは相当に不自然である。


シーム先生の話ぶりからすると、まるで隠すようなところが無く、むしろ聞いてくれと言わんばかりな気もする。


「先生、今、儂がになる前って言いましたよね。これって、その……、ガリウスが言っていた百七の魔星と何か関係があるんですか?」


質問してしまった。

もう後には引けない。


「ふむ、本当は魔伽藍から出た後、この話をすべきだと思っておったんだが、ようやく尋ねてくれたか。まあ、あの場には人の目も多くあったし、機会を逃してしまった」


シーム先生は、深く息を吐くといつになく真面目な顔でこちらを見た。


「お前も気付いているかもしれんが、儂はお前の善く知るシームであって、シームではない」


うん?

ちょっと何を言っているかわからないですね。

禅問答かな。


「儂はあの魔伽藍内で二度生まれ変わったと言ってもいい。一度目は、あの妖しく瞬く巨大な星が儂の中に降りてきたときじゃ。その星は、自らを天罡星三十五星のうちの一つ≪天威星てんいせい≫と名乗った。≪天威星≫は、儂に現世で戦うための憑代にならないかと持ち掛けてきたが、儂はこのような爺の身では役には立てないと断った。わがSENDOUせんどうの師であり、占星術師でもあるトンペイから余命一年と言われておったしのう。だが、≪天威星≫は諦めず、なんとしても儂の力を借りたいのだと説得してきおったのだ。≪天威星≫が言うには、憑代には、≪同化≫、≪憑依≫、≪帯同≫、≪助力≫、≪加護≫の五つの形態があり、そのうちの≪同化≫を選べば、肉体的な老化は止まり、肉体の死後も百七魔星の魔王としてさらに先の世まで生きられると提案された。≪天威星≫と儂の人格は分かち難く入り混じるという説明だったが、まだこの世に未練があった儂は、≪天威星≫の申し出を受け入れた。目が覚めてみると確かに儂であって儂でないような……、恐らく人格統合の途中であったのだろうが、その後、ガリウスと相まみえ、お前さんも知る通り、≪ギルティ・オブ・ブライブリー≫を受け、若さを得た。これが二度目の生まれ変わりだ。≪ギルティ・オブ・ブライブリー≫は≪天威星≫とまだ完全に同化していなかった部分の儂の心の中の闇に力を与え、その結果、儂の人格はほとんど失われることなく、逆に≪天威星≫の大半を吸収する形となった。≪天威星≫の人格の影響を残しつつも、胸を張って儂はシーム・リヒテナウワーだと言い切る自信がある。ただ、≪同化≫前に≪天威星≫の奴が、この世界と時代に有利に適応するために人格の主軸はお前のまま残すと言っておったから、どの道、大して性格は変わらんかったかもしれんがのう」

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