第236話 子供は早く寝ておけ

シーム先生によると百七の魔星とよばれる魔王たちは、神々の序列に加わえてもらうため、現世貢献点なるものを競って求めており、そのために様々な世界を渡り歩いているのだそうだ。


「でも、先生。魔星って百八じゃないの? 一つ足りない気が……」


「なんで、そのことを知っておる?」


げっ、やばい。

俺が異世界転生人だって、バレてしまう。


「ええと……、と、図書館にある本に書いてあったような気がしたけど、ミーン・メイ何某なにがしとかいう作者だったかな。あれ?気のせいだったかな?」


「まあ、善いか。そう、おぬしの言う通り魔星は最初、百八であった。だが、我らの首領格であった天魁星は、数多くの失敗を繰り返し、人望を失った挙句、追放されてしまったのじゃ。天魁星は人を惹きつけるある種のカリスマのような物は持っていたがそれに頼るばかりで、本人の実力はからっきしじゃった。しかも、百八魔星で得た現世貢献点を平等に配分すべきと主張し続けておったから、次第に嫌われていったんじゃ。何もせん奴が何を言うかとな。大事な局面ではいつも判断を誤り、情に流されていつも計画を頓挫させた。まあ、当然の結果じゃな」


天魁星、カワイソス。

酷い言われようである。


今頃、異世界ファンタジーの追放物のように、どこかで見返そうと頑張っているのだろうか。

ざまぁ展開がこっちに向かってこないことを祈ろう。


「まあ、あ奴の話はこのぐらいにしておこう。弟子であるおぬしには、できるだけ全てを打ち明けてやりたいところだが、我ら百七魔星にも仲間同士の誓約とさる御方からの制約があってな、語ることを禁じられている事柄もあるから、そこは許せよ。いずれにせよ、儂はこれまでと変わらずお前の師であり、味方じゃ。そこのところは安心して善い」


シーム先生はロランの頭に手をやると、穏やかな笑みを浮かべた。



ここで戸を叩く音が聞こえた。

息遣いは二つ。


「夜分遅くにすいません。もうお休みでしょうか。村長のセザンです」


声の主は、さきほど部屋を借りた時に挨拶にいった村長本人のようだ。

まだ深夜というには早いが何の用だろう?



戸を開けてやると村長は、一人の若い娘を連れており、恐縮した様子で中に入ってきた。

若い娘は美人ではなかったがどこか愛嬌のある顔立ちで、胸と尻が大きく、煽情的な体つきをしていた。

年の頃は十七、八といったところか。


ロランの研ぎ澄まされた聴覚はシーム先生が生唾を飲み込む音を聞き逃さなかった。


そして鼻の下を伸ばしたシーム先生は目で、村長が連れてきた娘の体の線をなぞる様に眺めている。


「失礼ですが、旅のお方、いえ貴方様は御高名な剣聖のシーム様ではございませんでしょうか。先ほど挨拶にいらっしゃった時にその左胸の紋章が気になっていたのですが、その意味をはたと思い出したのでございます」


「いかにも儂が剣聖シームであるが、何か用かのう?」


「はい、実は助けていただきたいことがございまして、是非とも話だけでも聞いてはいただけないでしょうか」


村長の話では、ゾール村のすぐ近くの山に、豚や猪のような顔をした醜い化け物たちが最近住み着き、困っているのだという。

化け物たちが現れた時期は、ちょうど天変地異が続いたすぐ後ぐらいからで、最初は畑を荒らしたり、農作物を盗んだりする程度だったのだが、次第に悪事がエスカレートしてきたらしい。


村の若い娘や子供を攫おうとしたり、村人に怪我をさせたりとやりたい放題になってきて、困った村長は領主であるダンマルタン子爵に願い出て、騎士を派遣してもらったのだが、やって来た騎士はことごとく返り討ちに遭い、その事でかえって化け物たちの怒りを買ってしまったのだという。


「ふむ、今日日きょうびの騎士はまっこと不甲斐ないのう。騎士の名が泣いておるわ。それでどうなった?」


「はい、その豚のような顔をした化け物の方にもそれなりに被害が出たらしく、連中のかしらを名乗る者が配下を大勢連れて、押しかけてきたのです。そして、村を滅ぼされたくなければ、村の若い女を十人差し出せと要求してきたのでございます」


「なんと、うら若き御婦人を十人!けしからん奴らじゃな」


シーム先生は、握りしめた拳にさらに力を込め、本気で怒っている。


「でも、女の人達なんか要求してどうする気なんですかね。それにその豚の化け物は人の言葉を話したのですか?」


いつの間にか目を覚ましたらしいクー・リー・リンが横から疑問の言葉を投げかけてきた。


「連中の大半は、人の言葉を話せないようです。ただ、その頭を名乗る一匹だけは流暢に我らの言葉を話します」


「村長殿の話によれば、そ奴らはほぼ間違いなくオークであろう。途方もなく大昔のことだが、狩った覚えがある。オークはオスしかおらん。ゆえに他種族のメスさらい、子供を産ませるのだ。奴らは繁殖力と性欲が異常に強く、女と見れば見境がない。個々はそれほどの脅威ではないが群れで活動するので、その点だけ注意が必要じゃ。人語を話す知能を持った奴は、変異種でキングやジェネラルなどの階級で呼ばれておった」


「さすが、師匠。魔物にも詳しいのですね」


「クー・リー・リンよ。オークは下級魔族であり亜人じゃ。魔物ではない。我らを光の神が創った人間だとすれば、奴らは闇の神が創った人間。まあ、儂ら人間にとって害を為す存在であるのは、どちらも一緒であるからな。とにかく、か弱いご婦人方を泣かせるような真似をする奴らは生かしてはおけん。村長、そ奴らの始末は儂に任せておけ」


オークたちも、シーム先生には言われたくないと思う。


シーム先生の心の底から湧き上がる怒りの根源はきっと同族嫌悪なのだとロランは内心思った。


「おお、さすがは剣聖シーム様。心強いお言葉。実はこれに控えておりますのは、私の娘でしてな。今宵は剣聖シーム様の身の回りの世話をさせたく連れてまいりました。許嫁が早逝して、未だ生娘ゆえ、至らないところがございますでしょうが、剣聖シーム様を我があばら家にて歓待させていただきたく準備しております。さあ、どうぞ、おいでくださいませ」


「うむ、それではちと、お世話になろうか。お前たちはここでしっかり疲れをとるが良い。明日は少々忙しくなるぞ。子供は早く寝ておけ」


シーム先生は、村長に手を引かれ、満面の笑みで出て行った。












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