第242話 キバブッタ一族

こうしてよくよく観察してみるとこのオークたちの集落らしき場所はまだ作り始めたばかりのようだ。


木々の伐採も途中であるし、この粗末な掘立小屋や小山の根元に掘られた複数の穴もひょっとすれば簡易の休憩所のような仮設的なものなのかもしれない。


この人数で暮らすには手狭であるし、何より家屋の数が足りない。


何を祀っているのか知らないが祭壇の周りだけやけに丁寧に作られており、決して精巧とはいえないまでもそれなりに知能があるということをうかがわせる。


シーム先生の話によれば、あのひと回り大きいオークはオーク・ジェネラルという変異種で、それよりも大きい個体となれば、それはオーク・キング、あるいはオーク・エンペラーであろうということであった。


捕らえられていた女性たちとサビーナをオークたちが掘った小山の横穴に隠し、ロランたちは近づいて来ているオークたちを待った。



「おお~、愛する我が息子たちよ。なんという無残な姿に!痛かっただろう、苦しかっただろう。二千年近くに及ぶ石化封印から解放され、ようやく自由になれたというのにこのような非業の死を遂げようとは……。許せん、許せんぞぉ」


しばらく待ったのちに現れたのはシーム先生の背丈の二倍はあろうかという豚の頭をした人型の怪物だった。

これでは人間の女性と交合こうごうすることなどできそうもないので、捕らえられた女性たちは息子たちにあてがわれたのだろう。


もはや普通のオークとは同種と思えぬ巨大さで、そのあごには白く長い髭が生えており、目からは滂沱ぼうだの涙がこぼれていた。

変色した革鎧から覗く両の腕は太く逞しい。

巨大な戦斧を大地に振り下ろし、怒りを露わにしていた。


先ほどのオーク・ジェネラルとは異なり言葉もカタコトではない。

知能もそれなりに高そうだ。


「こいつは驚いたわい。あれはオーク・エンペラーじゃ。オーク一万匹に一匹いるかいないかの超希少種じゃ。神々の大戦で狩りつくされたと思ったが、まだ生き残った個体がおったとはのう」


シーム先生は嬉しそうに目を細めた。


「お前らかぁ、ワシの息子たちをこのような目に遭わせたのは? 家畜同然の人族がこのような真似をして許されると思ったか」


オーク・エンペラーは鼻をひくつかせながらこっちに向かって吠えた。

白目の少ない目玉がぎょろりとシーム先生を睨んでいる。


如何いかにも、これをやったのは儂らじゃが、それはゆえあってのこと。殺された騎士たちと辱めを受けた御婦人方の無念晴らさせてもらうぞ」


「逃げなかったのは褒めてやるが、貴様らは雌ではない。この間の騎士たち同様に、弄り殺し、骨まで喰ろうてくれるわ」


構えもせずに悠然としているシーム先生に対し、オーク・エンペラーは歯を見せて体を大きく揺すり威嚇した。


≪制気≫しているのか、シーム先生の体からは少しの魔闘気も見られないが、それとは対照的にオーク・エンペラーの全身からは魔闘気がみなぎっていた。


どうやらオーク・エンペラーも魔闘気を使うことができるようだ。


「オ、オヤジ~。ミンナ……シンデルブヒッ。オマエタチノチノイロハナニイロダブヒ。ユ、ユルセンブヒヒッ!」」

「タスケヲヨブフエ、キコエタ。オレタチ、マニアワナカッタブヒッ」


息を切らせながら、二匹のオーク・ジェネラルと七匹のオークがやって来た。


「おお、息子たちよ。よくぞ戻ってきた。ワシらキバブッタ一族の恐ろしさこやつらに見せつけてやろうぞ」


見たところ牙なんか生えて無いけど……。


ということは、キバブッタって響きが似ているだけで、牙豚の意味じゃあないんだろうな。

一瞬、某世紀末格闘漫画に出てくる狼の仮装した外道一族が浮かんでしまった。


「オ、オヤジ。ギョプルノアニキガ、クルトチュウ、コイツラノナカマミツケタ。ヒトジチニシヨウ。イマ、カツイデツレテクル、ブヒッ」


「おお、でかしたぞ。聞いたか?貴様たちの仲間を儂の自慢の息子たちが捕まえたそうだぞ。これで形勢逆転だな」



仲間?


誰のことだろう。

何か忘れている気がするが思い出せない。


「ふむ、思い当たらんが……何のことじゃろう」


シーム先生も腕組みし、真面目な顔で考えている。



「クロビカリシタ、ハノシロイ、マメツブミタイナ、ガキダ!」


うん?

黒光りした、歯の白い、豆粒みたいなガキ?



それって…………、クー・リー・リンのことか───────っ!!!!!



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