第64話 ああ、なんか疲れた
カルカッソンの町を出て、数刻後、ようやくシーム先生は野宿する場所を定めた。
この夜は、雲が少なく、中天に月が出ていたが、それでも辺りは暗く、静まり返っていて、どこか遠くで獣の吠え声のようなものが聞こえる度に不安な気持ちになってくる。
現代の夜とは異なり、街灯も無ければ、建物から漏れ出る明かりもない。
街道の周囲は一面に広がる荒野と山林があるばかりだ。
こんな寂しい場所に今日あったばかりの爺と二人。
この爺さんが普通の高齢者とは異なり、常人離れをした強さを持っているのは心強いが、
野宿することに決めた場所は街道脇の少し広くなっている場所で、背後には林があった。
シーム先生は「少しここで待っておれ」と言い残し、その林に入ってゆくと、胴体のところで両断された大きな蛇を一匹捕まえてきた。
手には壊してしまったのとは別の杖しか握られていないし、剣は佩いていない。
どうやって捕まえたのだろうか。
蛇は頭をつぶされ、体は中ほどで切断されていたが、生命力が強いからか、まだグネグネと動いていた。
「ロラン、わしはここで焚き火の準備をしているから、枯れ木や落ち葉をできる限り集めてこい。いいか、枯れ木は出来るだけ細いものを持って来いよ。いいな」
シーム先生は、先ほどまで俺が担いでいた背負い袋の中から、たくさんの石を取り出し、円形に並べ、その中央を掘りながら言った。
あれだけ苦労して運んでた荷物の中に石がたくさん入っていたことに驚いたが、どう考えても嫌がらせ以外の意図は感じられない。石などその辺にたくさん落ちているし、わざわざ王都から額に汗して運んでくる必要など何もないのだ。
「何してる。はやく行け」
シーム先生の強い口調になんとなく逆らえず、しぶしぶ林の側に行き、落ち葉や枯れ木を探すことにした。秋真っ只中なので、落ち葉には事欠かないし、枯れ木もたくさん落ちていたが、シーム先生のもとに持っていく度、もっと細いのは無いのか、台木にする太い枝も持ってこいと次々注文つけられた。
あの重い背負い袋を背負って長時間歩かされたことやドゥンヴェールやシームと連戦したことが響いているのか疲労と空腹で身体が重かった。
ようやくシームが満足できるだけの焚き火の材料を集め終わると、今度は焚き火の起こし方を教えるからとよく見ておけと命令口調で言われた。
シームは火打石を取り出すと枯れた落ち葉の上に木の削りくずを乗せ器用に着火して見せた。そして、謎のどや顔でこっちを見てくる。
種火をシームは集めた枯れ木に器用に燃え移らせ、焚き火にした。
ああ、なんか疲れた。
ロランはシームから少し離れたところに座ると深いため息をついた。
ぼんやりとしばらく焚き火の炎を眺めていると、なにやら旨そうな匂いがしてきて、シームが蛇の丸焼きと穀物の粉を固めて作った薄いクッキーのようなものが入った木の皿、そしてお湯が入ったカップを持ってきた。
「今日はこれを食って、早く寝ろ。明日も早いぞ」
シームはそれだけ言うと元の自分が座っていた位置に戻り、老人とは思えない食べっぷりで蛇の身にかぶりつく。
うげっ。初日のディナーは蛇か。嫌な予感してたけど、空腹には勝てないし、仕方ない。食べよう。
ちなみに、ウソン村で暮らしていた頃は、蛇を食べたことは無い。
ウソン村では蛇は、食べ物というより薬のような扱いをされており、酒に漬けたり、黒焼きにして煎じて病人や体の弱い人に飲ませる。
ロランも真似をして、蛇の丸焼きに齧り付いた。
前世でも食べたことがないので、人生初体験である。
味は……、まずくはない。というより、味付けをしてないので、淡白であまり味がしない。おそらく血抜きをしていないからだろうか、はっきり言って臭い。
背中側には比較的食べるところがあったが、筋張っていて固い。
前世の世界に生息していた蛇との味の比較はできないが、他に食べる物があるなら無理に食べたい味ではなかった。
それでも農民暮らしで鍛えられた味覚は伊達ではない。
まずくても食べる。ひたすら噛んで飲み込む。
まずいなどと言って残そうものなら、普段温厚なアキムであっても鬼の形相で怒りだしたものだ。
調味料など貴重すぎて使えない生活には慣れてしまっていた。
穀物の粉を固めて作った薄いクッキーのようなものはもそもそとして、これも味がない。カップの中の湯でひたすら流し込む。
こんな食事でも腹が満ちるとそれなりに気持ちが落ち着いてくる。
焚き火の温かさと満腹感、そしてスキル≪カク・ヨム≫で体力の数値を上げて以降は、ほとんど感じたことがないくらいの疲労感が、睡魔を連れてきた。
ロランは体を横たえ、瞼を閉じた。
体も疲れていることだし、今はまず眠ろう。
明日になれば、スキル≪カク・ヨム≫が使えるようになる。
爺さん、覚えておけよ。
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