第281話 黄金長方形
やってきた牢番らしき男に連れられ、外に出ると辺りはすっかり暗かった。
どうやらここは集落のようだが、屋外に
規模としてはウソン村よりは大きいようで、多くの家々には明かりが灯り、炊煙が上がっていた。
どこかの家から、何とも言えないような食欲をさそう匂いが漂ってきて、腹の虫が鳴く。
そう言えば、三日も何も食べていないようだし、腹が減っていて当然だ。
「おい、さっさと歩け。人目に付く」
男はロランとサビーナを数珠つなぎに縛った縄を引いた。
何か村人に見られては困る事情でもあるのだろうか。
この男、さっきから頻りに周囲を気にしている。
正直なところ、空腹ではあるものの体調は悪くはない。
こんな普通の縄による拘束など引き千切ることもできそうなほどに力が満ちているのを感じていたが、すぐに危害を加えらそうな気配は無いのでもう少し大人しくしておこう。
この男が何者で、この場所が一体どこなのかなど情報を得たい。
村の小道をぐんぐんと進み、やがてひときわ大きな家にたどり着くと中に入る様に
そのまま、広間に向かい、罪人のように引き出される。
広間には五人いて、その中央に座っていた白髪の小柄な老人が口を開いた。
この人が族長とやらだろうか。
「
「はい、族長様。今はすっかり消えているようですが、
ハトベと呼ばれた屈強そうな牢番が先ほどの武骨そうな態度はどこへやら、恭しい態度で返答する。
八尾?
ヤマタだったら八つ首の間違いじゃないの?
「ハトベ、その子らの縄を解いてあげなさい」
族長らしき老人が優し気な笑みを浮かべそう言うと、ハトベは素直に縄を解き、その代わりに「妙な真似をするなよ」とロランたちに釘を刺してきた。
「さて、まず君の名を聞こうか。わしはこの集落の最長老にして族長の
「僕はロラン。カルカッソンという土地からやってきました」
例の如く、子供らしい口調で応える。
「そうか、ロラン。おぬしらは
「それは……、僕は気を失っていたからわからないけど、旅の途中で黒い虫みたいな化け物に襲われて、川に落ちたから、風邪をひかないように
「黒い虫……。そうか、ではもう一つ聞こう。このハトベら、村の若い衆が見たという八尾の魔神紋は自分の意思で出したり消したりできるのかな?」
アシナヅチの目が急に真剣なものになり、嘘や誤魔化しなど通じそうにない雰囲気を出し始めた。
どうしよう。
開き直って、しらばっくれるか。
そもそも自分でも制御できるかやって見なくてはわからない。
「八尾の魔神紋を見せてくれんか? 見せてくれたらこの集落での自由は保障しよう」
この爺さんの言葉、信じていいのか?
今のところ、悪そうな人には見えないが、これまで出会って来た爺はたいてい俺をろくな目に遭わせてきてないんだよな。
「もし、その魔神紋とかいうのを見せなかったらどうなるのかな?」
「それは言えん。わしらも危ない橋を渡っておるのだからな」
どうやら何か事情があるらしい。
まあ、いっか。
俺も興味があることだし、試してみよう。
ロランは目を閉じ、自分の心の内に意識を集中した。
なんだこりゃ?
俺が気絶しているうちに何があったんだろう。
全細胞で起こった光と闇のせめぎ合い。
そして、あの≪聖光気≫を全身に行き渡らせた後の、まるでこの世の終わりがやって来たかのようなあの激痛が何か関係しているのか?
自らの内在世界における風景が一変し、黄金色に輝く≪聖光気≫と暗き≪闇の力≫の
真っ白い地平の澄み渡った空の下、≪聖光気≫の核ともいえる
どれ、ちょっと≪闇の力≫を動かしてみるか。
ロランがそう望むと黄金長方形は回転を速め、闇を巻き上げ始めた。
『ぐおおっ、お、俺の闇をどうするつもりだ!』
光の檻の中に閉じ込められているタカハシ・フミアキが苦しそうな声を上げる。
光の檻は縮まり、格子がタカハシ・フミアキを締め上げ始めた。
ちなみに前世の自分である高橋文明と≪ギルティ・オブ・ブライブリー≫によって生み出された人格の区別をつけるため、こいつのことはタカハシ・フミアキと敢えて別に認識することにした。
その様は、まるで黒い綿あめ製造機のようで、光る檻の中のタカハシ・フミアキから引き出された≪闇の力≫をどんどん集めてゆく。
ロラン一人では到底捻出できない、途方もない≪闇の力≫だった。
どうやら、この黄金長方形は、タカハシ・フミアキの持つ≪闇の力≫を意のままに引き出せるようだ。
黄金長方形は、長方形内で正方形を区切ると、残った長方形もまた黄金長方形となるとかいう不必要な考察が一瞬頭をよぎったが、とにかくピーちゃんありがとう。
君が残してくれたこの力、有効に使わせてもらうよ。
「俺の物は俺の物。お前の物も俺の物」といったジャイ〇ニズムで、タカハシ・フミアキの持つ≪闇の力≫を絞り出し、全身に行き渡らせると、髪と目は黒に染まり、背中を中心に闇を纏った八つ首の蛇の文様が浮かび上がる。
そして腹の虫が、また鳴った。
「おお、なんという禍々しくも雄々しい姿じゃ。確かに、八尾の魔神紋に見える。そしてその姿は我ら魔王種の末裔とほど近い。人の子かと疑っていたが、なんともこれは……」
最長老アシナヅチはよろよろと立上り、ロランに歩み寄ると、その前に跪いた。
「間違いない。このお方は≪
他の四人の長老もその場でひれ伏し、それを見たハトベもそれに
ああ、また何か厄介ごとに巻き込まれそうな予感……。
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