第217話 黒豚騎士団の実力

ロランとエマニュエルの会話が途切れた頃合いを見計らってか、アライ先生がわざとらしい咳払いをした。


その咳ばらいを聞いたせいだろうか、騎士たちは急に緊張感ある表情になり、エマニュエルたちの前に立ちはだかった。


「ロラン君だったね。ここからは私たち、黒豚騎士団こくとんきしだんに任せて下がっていなさい。初めて見る異形いぎょうに少し面食らってしまったが、もう大丈夫だ。剣術指南役のアライ先生の目の前で、子供の影に隠れていたとあっては、後で酷いお叱りをうけることになるからね」


先ほど、情けない声を漏らしていた部隊長が子供向けの優しい声でロランにそう言うと腰の剣を抜き放った。

部隊長の抜剣に呼応して二十人近い騎士たちが得物を手にエマニュエルたちを包囲した。


「フンッ、下等な人間どもに何ができる。堕人間だにんげんジャン、魔獣人まじゅうじんウゴール、ロランを殺す前にこのごみどもを片付けろ」


外見から判断すると、あの赤い皮膚をした奴はおそらく元担任のテッツァーと同じ≪堕人間≫だろう。

そうすると魔獣人というのはあのデカいやつか。

褐色の鱗が全身の外側を覆っており、厚みのある筋肉質な体つきの上に、爬虫類のような尻尾まで生えている。


エマニュエルの目が光り、それに呼応して名前を呼ばれた両者が動き出した。


まあ、さすがに多勢に無勢。

エマニュエルたちは三人しかいないし、たぶん大丈夫だよね。


「皆のもの、かかれ!」


部隊長の号令に騎士たちが動き出す。


あっ、あの部隊長。自分では戦わないで、まずは部下に行かせるんだ。



「おい、ロラン。お前、この短時間の間に何があった。まるで、別人だぞ」


始まった戦闘にはまるで興味を示さず、アライ先生が太々ふてぶてしい笑みを浮かべて話しかけてきた。

ぞくりとした何かを首筋に感じ、アライ先生を見上げると、先生の体からは先ほどまでには無かった異様な気を感じた。

シーム先生の闘気に近い、でもそれとは明らかに違う雰囲気と密度をもった生命エネルギー。


「今、魔闘気まとうきの流れを目で追ったな。どうやら、お前さんも何らかの方法で境界を越えて、こっち側の存在になったようだな」


アライ先生の着流しの左胸の上の辺りが星形に妖しく輝いた。


「魔闘気? 」


「そうだ。通常の闘気と違い、魔に連なる者のそれも上位の存在しか扱うことのできない闇の闘気だ。見ろ、あのエマニュエルの体からもわずかにだが感じるだろう」


アライ先生の言う通り、確かにエマニュエルの輝く透明ボディの表面に時折、薄らとだが同じエネルギーを感じる。

そして俺の体の奥底からも同様の力が感じられた。


「どうやら、お前自身の魔闘気は、何か別の力によって覆われ、自然に外に漏れ出るようなことは無いようだな。まあ、自在に出し入れを制御できないヒヨッコが人間に混ざって暮らすにはその方が都合が良いかもしれん」


なるほど、やはり自分にも魔闘気はあるようだ。

せっかくそういう力が備わっているのであれば使ってみたいなと思い、自分の中の魔闘気とやらに働きかけてみる。


おお、何かぬるり、ぬるりと動き出してきたような……。


「おい、ロラン。お前何をやって……」


アライ先生が驚くような声を上げ、俺の右手の先をじっと見つめている。


あれ、やばい。

何か次々溢れてきて、腕を伝わり右手の先に集まりだしたんだが……。


「うわっ、どうしよう」


右手に集まった魔闘気の塊がどんどん大きくなって、地面に着きそうになったので慌てて空に向かって腕を上げる。


「馬鹿野郎! 魔闘気を押さえろ。この辺り全部を吹き飛ばすつもりか」


アライ先生が慌てた様子で声を上げる。

見ると魔闘気の塊はロランの体よりも一回り以上巨大で不安定な形の球形になっていた。



「アライ先生! どうか、ご加勢を!」


部隊長が切羽せっぱ詰まった様子で助けを求めてきた。

見ると、部隊長はまだ無傷だったが、騎士の半数以上はもうノックアウトされており、地に伏したままピクリとも動かない。



堕人間ジャンはかなりの数の刀傷を負っているがその動きはまだ力を失ってはいなかったし、魔獣人ウゴールに至っては硬そうな鱗に阻まれてか、ほぼ無傷だ。


「こいつ、俺の腕を食ってやがる。ア、アライ先生ー、早く助けてくれ!」


魔獣人ピエールに捕まり、左腕を噛まれている騎士が絶叫した。


「つくづく情けの無い奴らだ。こっちはそれどころでは無いというのに、畜生!ロラン、気を抜くなよ。ギュッと手綱を引き寄せるようにして出力を制御するんだ。右手に集まった魔闘気から意識を逸らすんじゃない。少しずつでいいスーっと慎重に戻すんだ。バーッと一気に動かそうとするんじゃないぞ」


いや、そういう感覚的なことを言われても困る。

思うに、アライ先生は人にものを教えるのに向かない人なんじゃないだろうか。


『球がこうスッと来るだろ。 そこをグゥーッと構えて腰をガッとする。 あとはバァッといってガーンと打つんだ』みたいな指導を騎士たちにしている絵が頭に浮かぶ。


とりあえず最初、魔闘気を覆っていた黄金色の光を放つ別の謎の力で無理矢理、流れを断ち、何とか魔闘気をこれ以上出てこないようにすることには成功した。

だが、すでに出てきてしまった魔闘気を操作することなどできそうにない。


しかも、魔闘気の塊を一定の形を保ったまま維持するのが億劫おっくうになってきた。

この魔闘気とかいうやつ、形状を維持しようとすると結構疲れるんだよな。


今できそうなのは、留めることと、適当に放出することぐらいだ。


「まあ、いいや。えいっ!」


ロランは手のひらを空に向けたまま、魔闘気の巨大な塊を勢いよく射ち放った……つもりだった。

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