第409話 俺の仕事

「……あなたが神か?」


「はい、そうです」


人神従刻じんしんじゅうこくにより従属化させられた魔族たちは皆、俺に対して、まるで神そのものが目の前に立っているように感じるらしい。


恍惚とした表情で、俺を眺めていたかと思うと我に返ったように平伏し、臣従を誓う。


ヴァルトスに七十二柱の眷属を個別に呼ばせ、不意を突き、一人また一人と従属印をその身に刻んでいくが、だいたい同じような反応で、似たようなやり取りになる。


それを六十回ほど繰り返した頃、エゼルキア神帝国の中枢を担うおもだったものはそのほとんどを支配下に置くことができたが、そうではない一部の者たちには行方をくらまされてしまった。


七十二柱の眷属の中には、冥神刻めいしんこくとリヴィウス神の恐ろしさに力で従わさせられていたに過ぎない者たちもいて、そういった者たちに限って性向がよこしまであったり、問題を抱えた性質のものだったりした。


リヴィウス神が創り出した魔族とは別の系統の魔族も、眷属内には存在していて、それらの者たちは、冥神刻めいしんこくの支配が解かれた瞬間にどこぞへと逃げ去ったようだった。



ロランは、支配下に納めることに成功した魔族たちを集めると早速、エゼルキアの組織改編に乗り出した。


便宜上、リヴィウス神は高位の神々に認められ、冥界を司る主神の一人に抜擢されたことによりカドゥ・クワーズの世界を去ったのだということにした。

自分たちが信奉している神のさらに高位の神々の仕業であるとすれば、目の前から忽然と消えたのだという話が漏れ聞こえることとなっても、かえって信憑性が増すものであろうし、矛盾も無い。


そして今は、冥界で、全銀河から詰めかけてくる死者たちを管理しているのだとヴァルトスに説明させているが、これも当然、俺が作った真っ赤な作り話である。


死んだ後の神がどうなるのかなど、俺は知らないし、皆も同様だろう。


カドゥ・クワーズを去る際に、後事を託されたという建前で、エゼルキアの新帝にはヴァルトスを置き、その下に≪大将軍≫としてバーラムを据えた。


国号もエゼルキア神帝国から、ただのエゼルキア帝国に変更し、官職名や宮中行事から、魔族や神を連想させる言葉は排除した。


これはゆくゆくは人族の国家と国交をすることを見越してのことであり、さらにその先の計画を視野に入れたものであった。



「それで、ロラン様は一体、どのようなお立場になられるのですか?」


エゼルキアの新帝を任されることになったヴァルトスが、怪訝そうな顔で訊ねてきた。

組織体系図の原案のどこにもロランの名が無かったからだ。


「うん、俺?」


「はい、我らの新しき神として導いてくださるロラン様ご自身の名前がどこにも見当たりません。やはり、リヴィウス神の跡を継ぐ帝にはロラン様が相応しいのでは?」


「いやいや、俺はもうそういうのは良いよ。めんどくさいし、向いてない」


「しかし、そういうわけにはいかないのでは? いまや七十二柱のうちの五十九名がロラン様に臣従をお誓いし、神と崇めております。貴方はいまや我らの主にして、結束の象徴。皆が進むべき道を違えぬよう導いていただかなくては」


「ヴァルトス、考え方を変えてみよう。神様って本来はいるかいないかわからない方が上手くいくんだよ。目に見える場所にいるとさ、つい頼っちゃうだろ。でも、それって自分の頭で考えたり、困難を克服しようとする努力を放棄しちゃってる。だって、祈りが届きさえすれば助かっちゃうんだもの。でもね、祈る暇があるんだったら、足掻あがこうよ。失敗して報われないことの方が多いけどさ、きっとその方が成長できるって思うわけよ」


「そういうものでしょうか」


「そう。だけど、このカドゥ・クワーズには俺と違って、お節介で出しゃばりな神様が他にもいるでしょ。俺の仕事はそいつらが、頑張って生きようとしている者たちを蹂躙し、排他的な教義によって束縛しようとするのを阻止すること。それに何より、神の力を持ってはいるけど、俺はただの人間だよ。一生懸命、自分の人生を生きるだけだ。皆も、他の人に迷惑かけすぎない範囲で好きに生きればいい。エゼルキアは、ヴァルトスたち魔族が立ち上げた国だ。自分たちの手でより良い国にしていってよ。あんまり人族をイジメるようだと、俺も人族だから黙ってはいられないけど、ヴァルトスなら人も魔も共存できるそんな国を作れるって信じてるよ」

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