第9話 姉のカヤからの恋愛お勉強
「ふぃぃ……。寒い寒い……」
『ガチャ』と玄関扉が開け、両手をさすりながらリビングに入ってくるカヤ。
時刻は21時30分を過ぎ。仕事終わりのカヤは『ドスン』とソファーの上にカバンを置いた。
「おかえりカヤ姉」
「ただいまー」
姫乃とデートをした服装のままキッチンに立つ龍馬は料理の手を進めている。あの後、帰宅してそのまま家事に移ったのだ。
仕事帰りで疲れているであろうカヤに少しでも早くご飯を食べさせるために。
「ごめん、もうすぐご飯できるから」
「そこは全然大丈夫だけど……あれ、今日はどこか遊び行ってたの?」
「ま、まぁ……」
龍馬は未だに言えずにいた。姉のカヤに『恋人代行のバイトを始めた』と。
隠すつもりは全くないが、いくら心を許している相手でもこういった系統のことのバイトは口に出すことは難しいことであり、カヤはトラブルが多岐にあるようなバイトは認めてくれないのだ。
「なんかいつもよりオシャレしてるじゃん。まさかコレかぁ?」
小指を立てながら満悦な顔を見せるカヤ。
「ち、違うって。ただ遊びに行ってただけだから」
実際のところ、間違っているようで間違ってはいない。冷や汗を隠しながらも料理の手を動かし続ける。
「まぁ、彼女できたらアタシに教えなさいね。しっかりとした彼女かどうか見極めてあげるから」
「そんなのしなくていいって……。それよりお風呂貯めてるから入ってきて。ラベンダーの入浴剤も置いてるから」
「相変わらず気が利くじゃん。そういうことならお先に!」
浴槽に貯めた熱々のお風呂が大好きなカヤは風呂場に駆け足で向かっていった。
(やっぱり凄いな……カヤ姉は)
龍馬にとってカヤは憧れの存在であり、目標にしている存在でもあった。
朝9時から出勤で残業込みで22時前に帰ってくることもしばしば。残業代がしっかりと出ているらしいが、労働時間は10時間ほど。
書店のバイトで9時間ほど労働をしたこともある龍馬だが、バイト終わり時の疲労は無意識に顔や態度に出てしまう。
カヤはそれ以上に疲れているはずなのに疲れている様子を見せたりはしていない。
仕事に対して絶対に嫌なことや不満があるだろうが、愚痴を吐いたりすることもない。
表情も声色もいつも通りで『今日も頑張った〜!』なんて
それは誰にでも出来ることではない。そして、心配させないようにとの意図があることは想像するまでもないこと。
だからこそ龍馬はできるだけカヤのサポートに回っている。
料理を作り、洗濯をし、掃除をし、出来ることはなんでも。結果、今では主婦にも負けない家事スキルを手に入れている。
(俺もまだまだ頑張らないとな……)
学費を払うためにはもっとたくさんのお金がいる。稼ぎ口は書店のバイトと恋人代行のバイト。短時間で高収入稼げるのが後者。どうすればリピーターがつくのか、出来立ての料理を盛り付けながら考えるのであった。
****
「え? 女性から好意を持ってもらう方法?」
「そ、そうなんだよね」
龍馬が作ったカレーライスを食べ終わり、ソファーにかけながらゆっくりしているカヤに龍馬は質問を投げかけていた。
「ホントにどうしたのよリョウマ」
「き、気になってる人がいるんだよ。だから真剣に答えてほしい」
と言うものの、これは真っ赤な嘘。
龍馬は恋人代行のバイトでリピーターをつけるため、姉のカヤからアドバイスをもらおうとしたのだ。
女性のことは女性が一番分かる。身近に相談できるのはカヤしかいない。
「ははぁん。じゃあ今日はその子と一緒に遊んだってわけかぁ?」
「まぁね……」
「リョウマが恋の悩みを姉にしてくるだなんて、本気なんだ?」
「まぁ……」
「もー、はぐらかすような言葉ばっかりじゃん。リョウマ照れすぎだって」
「し、仕方ないだろ……。こんな相談を姉にするんだからさ……」
世の中、恋愛相談を姉にする弟や妹は一定数いることだろう。
しかし、お金を第一に置いている龍馬の立ち位置は特殊過ぎると言っていい。
「確かにそっか。そこまでリョウマが本気なら教えないこともないけど、大したことは言えないかもよ?」
「ありがとう。それで十分だよ」
龍馬は簡易性の机上にメモ用紙を広げ、シャープペンシルを握る。
「え? メモ取るの?」
「書かないと吸収できないから」
「必死じゃん。目もガチだし」
「マジガチにならないと結果はついてこないよ」
「……ほほぅ、言うねぇ。その通りだ」
恋愛に対してここまでガチになっている者は少ないだろう。しかし、龍馬にはお金がかかっている。1銭でも多くお金を手に入れるためには依頼者に気に入ってもらい、リピーターをつけるしかないのだ。
「じゃあ、女から好意を得る方法をざっと挙げるけど――」
「うん」
「たくさん褒める。変化に気付く。他の女とは違う態度で接す。話しをじっくり聞く。大切に扱うようにする。清潔感を持たせる。あぁ……あと、見返りを求めない小さな親切とか大事かな。仕事終わりにコーヒーどうぞとかそのぐらいの」
「ちょ、言うの早いって! もう少しゆっくりお願い」
早口でまくし立てるカヤ。今のところでメモを取れたのは、『たくさん褒める』と『変化に気付く』だけ。
「だから、カリギュラ効果とかザイオンス効果とか認知的不調理論とか類似性の法則、吊り橋効果に――」
「え、さっきと言ってること変わってるけど!? ってかなにその難しい言葉」
これを全て説明できたのなら、『お前は何者なんだ』となるだろう。そして今カヤが述べたことは好意を掴むためのものでもある。
「リョウマ。女から好意を得る方法なんて3つ4つが分かっていればいいよ。コレを強調させたかったからいろいろ言ったわけだけど」
「えっ?」
「アタシが言うのもなんだけど女ってのはめんどくさい生き物なの。好意を持ってもらう方法なんて細かなところを挙げたらキリがない。だからみんな言うでしょ?
「あぁ……それは言うね」
「それは説明したところで全然飲み込めないくらいの情報量があるから。だからみんな『女心を理解しろ』って一言で終わらせるのよ。説明するのがめんどくさいから」
女性のカヤが言うからだろうか。説得力の塊である。
「アタシの感覚的には、たくさん褒める。話をじっくり聞く。清潔感を求める。ぐらいあれば普通にイケる。難しく考えないでまずはそこから頑張ってみなさいな。それができたらまた教えてくから」
「分かった。ありがとう」
最初にメモを取った『たくさん褒める』と『変化に気付く』の他に、『話をじっくり聞く』『清潔感を求める』を追加した龍馬。
まずはこの4点を目標にする。
「最後に自分が持つ特技をどこで見せるかってのも重要だね。リョウマの場合はその家事スキルを生かすべき。お相手さんが風邪で寝込んでる時に白身魚のおかゆを作るのが一番かな」
「白身魚のおかゆ? なんで断定なの? たまごのおかゆでも良くない? 簡単に作れるし」
そう聞いてしまうあたり、龍馬はまだまだ未熟である。白身魚をチョイスする理由はちゃんと存在するのだ。
「だって魚の小骨取って三角コーナーの中にでも入れてれば自然と好感度も上がるじゃん。小骨を取る作業なんて手間がかかる分、『アタシのためにここまで頑張ってくれたんだ。気を遣ってくれたんだ』ってなるでしょ?」
「い、いくらなんでも策士すぎじゃないそれ!?」
「手段は選んでられないの。好きにさせるにはね」
計画的に好意を抱かせるやり口。……龍馬にとっては理解し難いこと。……だが、これはお金を得るため必要な技術である。
「あと、靴のプレゼントしようと考えた時はまずボウリングセンターに連れてくこと」
「ボウリングセンター? いやなんで」
「靴のレンタルをする時に足のサイズが分かるでしょ? もし靴のサイズを聞いたら一瞬で贈るプレゼント内容がバレて感動がなくなるから、こうした偵察ジャブをいれるのよ」
「ッ!?」
龍馬はこの瞬間に思い知った。―――恋愛の奥深さを。
「カ、カヤ姉……。カヤ姉は今までどんな恋愛経験してきたの……?」
「さぁねー。とりあえずリョウマは頑張りなさいな。アタシレベルになるとある程度の男は簡単に落とせるから」
「…………」
簡単に言ってのけるカヤに絶句。口を半開きにさせる龍馬であった……。
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