第97話 代行後と親友の雪也

 代行のバイトから一夜明けた大学。


「だ、大丈夫かよ龍馬……」

「今の俺を見て大丈夫って言えると思ってるのか……」

「ぶっちゃけ思わねぇけど……スゲェな。死んだ魚のような目をしてやがる」

「関心するんじゃないよ……」


 龍馬の顔はやつれきっていた。長テーブルにベタッと顔をつけて活気のない顔を雪也に晒していた。講義を受けにくるような様子でないのは間違いない。


「いや、マジでどうしたんだよ。そんなになったお前初めて見るぜ?」

「聞いてくれよ……」

「いや、聞かせてくれねぇと講義に集中出来ねーって」

 隣席で、親友とも呼べる相手がこうなってしまっているのだ。雪也からしたら講義なんて受けてられないくらいに龍馬を心配していた。


「……あのさ、家族にバレたかもしれないんだ。代行のバイト」

 龍馬の両親は他界している。姉と二人暮らしの今。

 この複雑な家庭環境を教えるつもりはない龍馬は、姉でなく『家族』と使う。


「バレたって……は? 龍馬お前、内緒でバイトしてんのか!?」

「え、言ってなかったっけ……」

「言ってねぇよ! ってかそれはダメだろ……。帰って来る時間も遅くなるだろうし、心配するだろうぜ?」

「そ、それはわかってるけど俺の家って人間関係のトラブルが多いバイトは絶対許してくれないんだよ。仕方ないんだよ……」

「それ小学生並みの反論だぜ?」

「知ってる……」


 涙ぐむように肯定する成人の龍馬。物事のしは判断できる年である。


「マ、ここで話の腰を折ってもアレだし続きを話してくれ」

「あぁ……。だからずっと隠しながら代行のバイト続けてて、昨日の代行が終わって家に帰った時なんだけどさ——」

「——おう?」

「クソ怖い顔で長時間、事情聴取をされたんだ」

「ハハハッ、どんな風にだよ」

 これだけ大袈裟に言う龍馬だが、警察官から問い質されるような重圧を姉のカヤから感じ取っていたわけでもある。


「今までどこに行ってたとか、誰と遊んでたとか。そう言う系……」

「完全に勘ぐられてるじゃねぇか。龍馬をフォローしたいところだが、言われたこと無視してンだから何も言えねぇよ」

「そ、それは知ってる。知ってるけど……お金の負担は絶対かけさせたくなんだよ。仕事頑張らせすぎて体調とか崩してほしくないし」

「マ、そればっかりは同情するけどな」


 言われたことを守っていない。ここは十分に反省している龍馬だが、この恋人代行のバイトこそ大きな収入源に繋がっている。

 生活バランスも崩れず、大学にも影響せず、さらには高時給で長期で続けられる。もっと言うのなら、このバイトを続けることでカヤへの金銭面の負担も減らせる。


 龍馬にとって一番大事なものは家族である。

 こんなにもメリットのあるバイトをやめようだなんて気持ちは無かった。


「ってか、あのバイトがバレるわけねぇだろ。友達と遊びに行ってるって言えば済む話なんだから」

「俺もそう思ったから隠し続けたままだったんだ。でも昨日、その言い分使ったら代行した女性の特徴を的確に言い当てられたって言うか……」

「は!? んな超能力みたいなこと出来るわけねぇだろ! ハッタリが偶然当たっただけだって」


 普通ならその可能性も否定することはできないだろう。しかし、龍馬の場合は違うのだ。


「俺は友達と遊んだとして言ってなかった。それなのに大体の年齢、性別、髪型、乗ってる車、、、、まで言い当てたんだぞ? おかしいだろ!?」

 カヤに超能力が宿っているわけではない。

 龍馬が知らないだけなのだ。

 1回目の葉月との代行時、その現場を偶然見られたこと。

 そして、カヤと葉月が部下と上司の関係であり、自宅まで愛車で送ってもらったりするくらいに仲の良い関係であることを。


「乗ってる車を言い当てる……? なんでンなことが分かんだよ」

「それを俺に聞かれても困るんだって……。性別とか髪型はまだ当てずっぽうが通用するかもだけど、車種はどうしても説明が付かないし……」

「あ、一つ聞くが龍馬は依頼者に家まで送ってもらったりしたか?」

「そうだけど……それがどうしたんだよ」

「はい答えミッケー!」

「答え……?」


 片腕を大きく上げ勝利サインを作る雪也は、ドヤ顔をかましながらすぐに龍馬に教える。


「家まで送ってもらったんなら、乗ってる車はそのエンジン音を聞いて分かったんだろ! 車を趣味にしてんならそのエンジン音で車種が分かるらしいしな!」

「……家族に車好きはいないんだよなぁ」

「そりゃ隠してるだって。このバイトを隠してた龍馬みてぇに。それ以外に考えられねぇだろ?」

「そ、それはそうだけど……」


 確かに今の段階では雪也の言う通りでもある。——が、龍馬はスッキリとした気分を味わってなどいなかった。


 あの事情聴取をされた時のカヤの態度と完璧な言い当て。この事実がどうしても引っかかっている。

 エンジン音で車の車種が分かったとしても、あれだけの強気な態度で言い当てられるのはまた別問題であるのだから。


「マ、オレで良かったら何でも相談に乗るからよ。……ロリリンともいろいろ、、、、あんだろうしな、龍馬は」

「え? いろいろって?」

「いや、なんでもねぇ」


 雪也は聞いたのだ。彼女の風子から、ロリリンこと姫乃が龍馬と付き合っていると。

 実際にその真相はわからないが、雪也にとって恋路を詮索されるのは一番嫌なこと。

 自身にその思いがあるからこそ、『なにかしらあった時は助けを呼んでくれ』なんて濁したメッセージを龍馬に送るのであった。

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