第96話 ※R15注意。葉月の夢と現実

 ここはグライアルガーデンGRタワー。葉月の住むタワーマンションである。

 時刻は0時を過ぎていた。


『す、凄い……。夜景が凄い……』

 葉月が住む部屋のガラス窓から外を眺めて言う龍馬は感動の声を漏らしていた。語彙力を無くしてしまうほどに魅入られているのだ。


『綺麗でしょう? その景色を見たら少し元気になるのよね』

『ずっと見ていられますよ、これは』

『ふふっ、それは嬉しい感想だけれどその発言はご法度よ? 私も見てくれないと困るもの』

『ははっ、それはすみません』


 謝りと同時に夜景を見るのをやめた龍馬は体を半回転させて葉月と顔を合わせる。


『わがままを言ってごめんなさい。斯波くんにはたくさん迷惑をかけているわね』

『いえ、気にしないでください。迷惑だなんて思ってませんから』

『そう言ってくれると助かるわ』


 お互いに立ちながらの会話だった。


『でもまさか斯波くんが私の挑発に乗ってくるなんて思わなかったわ。コンビニにコレを買いに行くことにもなるなんて……ね』

 葉月は言い終わると同時に、ガラス張りのテーブルの上に置いてあるコレに目を向けた。

 全体が黒のパッケージ。その中央には0.01と白色の数字で細長く書かれていた。


『二人で買いに行ったから店員さんを動揺させてしまったわね。あの反応は、あっ、これからするんだって思ったはずよ』

『それしか使い道はありませんからね……。でも、あの反応をされるとこっちまで恥ずかしくなりましたよ。店員さん、100円のお釣りを1000円札で渡してきましたし……』

『ふふっ、でも斯波くんが頑固だからいけないのよ? 私が襲うって言っても車から降りないって聞かなかったんだから。しかも私のお部屋にまで上がり込むんだもの。本当に怖いもの知らずよね』


『上がり込むって言い草は酷いですって。部屋に来ないとカードキーを貸さないって言われたからなんですから……』

『ふふっ、そうだったかしらね』


 あくまでしらばっくれるつもりである、確信犯の葉月。龍馬は嘘を一つも言っていない。


『あと、一つ言わせてもらうと俺は怖いもの知らずではありませんよ。よくよく考えてみれば葉月さんが襲うそんなことできるわけありませんから。初めてだと特に勇気とかもいるでしょうし』

『ふぅん……』

 上がり込むと酷い言い草をされた葉月に仕返しである。全て見切っていると言わんばかりに得意げな顔をする龍馬。煽られる葉月だが、こちらもこちらで似たような表情を浮かべてる。


『あっ、この流れで言うことではないのだけれど、斯波くんはお姉さんには連絡を入れたのかしら? 流石にこの時間だと心配すると思うから』

『大丈夫です。1時30分までには帰るとメールを入れてますから。明日は姉も仕事なのでもう寝ているとは思いますけど』

『となると、私のお部屋にいるのもあと30分くらいかしらね』

『そうなります』


 龍馬は葉月に送ってもらうつもりはさらさらない。あとはこのタワーマンションから徒歩で帰宅を考えているわけである。


『……なら残り時間まで私とお話しましょう? 斯波くんは私のベッドに座って良いわよ』

『本当に大丈夫ですか? なんかこう言うところはデリケートな部分だと言いますか……』

『ええ、構わないわ。少し落ち着かないところだとは思うけれどね』

『葉月さんが使っているベッドですからそうもなりますよ。じゃあ失礼しますね』


 龍馬は葉月と正面で話せる位置まで移動し、柔ッ!? と感想を口に出しながらベッドに腰を下ろす。

 その現場を見届けた葉月は、何も言うことなくガラス張りのテーブルまで歩き、買ってきた箱の封を切った。


『え……?』

 突然の展開。固まった龍馬に目もくれず、蓋を開けた葉月は正方形で細長く繋がっている小さな防弾チョッキを切り取り、口に咥えながら妖艶な笑みを浮かべる。


『……じゃあ、始めましょうか』

 さらに見せびらかすように、口に咥えた防弾チョッキを人差し指と親指に持ち替えアピールしてくる。

『え、あ……え——?』


 思考が全く追いついていない龍馬。今、ここで立ち上がるなんて選択肢すら浮かんでいなかった。

 呆然としたままの龍馬に葉月は一歩一歩近付き、手を伸ばせば触れられる距離になる……。


『は、葉月……さん……』

『……斯波くん』

 葉月は龍馬の両肩に手を置き——

『んーっ』

『ちょ、ちょちょおぉッ!?』


 不意の攻撃。全体重を乗せてきた龍馬はいともたやすくベッドに押し倒される。

 そこからの葉月を止められはしなかった……。


 葉月は体重を乗せて肩を押さえつけたまま、龍馬の腹部にお尻を下ろし馬乗りになるようにして逃げ道を潰したのだ。

 おでこが触れ合いそうなほどにある至近距離にある顔。葉月は熱のある吐息を漏らし、恍惚の表情を作っていた。


『……ッ!! お、落ち着いてくださいって葉月さん!』

 ここ状況を完全に理解した龍馬はバタバタと暴れ出す。がしかし、この体勢では抵抗してもその意味を無し得ない。


『……全部斯波くんが悪いのよ? 私は言ったじゃない。自宅に来るのなら斯波くんを襲うって』

『あ、あれは俺をからかうための……ッ!』

『からかうだけの目的で一箱1000円もする高価なモノを買いに行ったりするはずないでしょう? お金をドブに捨てるような真似はしないわよ』

『ッ!?』


 葉月の瑠璃色の双眸そうぼうに力が入る。

 それだけで本気だと龍馬を悟らせた。


『斯波くんは少し前に言ったわね。私にそんなコトが出来るわけないって。でも……残念。私は立派なオトナなの。シようと思えば、そのスイッチを入れたなら、そんな勇気を入れるのだって簡単なことよ』

『ま、待っ——!』

『朝まで帰したりはしないんだから……』


 バタバタと両脚を揺らす龍馬だが、その腹部に乗っている葉月には当たらない。

 そしてこれが葉月の最後の言い分。顔をさらに近づけ——艶かしい口を開き、紅色の舌を出した。


『ッッ!?』

 そのまま龍馬の首元を一度舐めた葉月。ビクッと体を震わせる龍馬を気にすることもなく、そこに狙いを定めるようにして歯を立てる。


 龍馬の頭を腕で抱きながら噛みつきやすい体勢に変える葉月は、吸血鬼のようにちぅちぅと噛み付く。

 葉月の甘い匂いが強く漂い、身体が密着したことで葉月のつぶれた柔らかい胸の感触が伝わってくる。


い゛っ……、や、やめて……下さい……』

『ふふっ、イーヤ……』

『……クッ』

 強く噛まれる龍馬は顔をしかめて痛みに耐えていた。これが終わったら終わるだろうと信じて——儚く散る。


 龍馬の首元に歯型を付け、自分の痕跡を残した葉月は気づいていた。


『本当はやめて欲しくないんでしょう? もうこんなに大きくして……』

『ち、違……ぅんですッ!?』

『ふふっ、可愛い声をあげちゃって』


 龍馬に否定されたことなどどうでもいい。大きくしている今が全てなのだ。

 葉月は左手を龍馬の下半身に移動させ、ズボンの上から優しくさする。


『わ、分かりましたからッ! お、お風呂! お風呂にだけ入らせてください!』

『そうやって言って逃げるつもりでしょう? 斯波くんのココはこんなになっているのに』

『ち、違いますって! 信じてください!』


 声を荒げる龍馬に、葉月の独占欲はさらに高まっていく。


『うるさいお口ね』

『んッッッ!?』

『んぅ、ちゅ……っ、んっ』

 艶かしいリップ音。強引に龍馬の唇を塞ぐ葉月は、左手の動きを徐々に強めていく。


『お互いに気持ちよくなってから一緒にお風呂に入りましょう……』

『……わ、分かり……ましたよ』

 もうどうにでもなれ、と龍馬の理性が完全に崩れた瞬間だった。


『んっ……』

『ちゅっ……』

 そこから二人は優しいキスを交わし、互いの服を脱がしていく……。


『上手くは出来ないけれど……我慢してね、斯波くん……』

『そ、それは俺もですから……』


 そこからは葉月の嬌声が漏れ出す……。朝日が浮かぶまで二人は熱い時間を過ご——



 ****



「ああっ!?」

 お昼休憩のオフィス。腕を枕にして仮眠を取っていた葉月はそんな声を上げながらガバッと起き上がった。


「……」

 途端、オフィス内にいる者は皆、驚いた顔を向けてくる。あの冷静沈着の葉月がここまで取り乱したのだ。それ以外に取る反応はない。


「…………申し訳ないわ」

 葉月は真顔を作り、頭を下げて皆に謝罪。チェアに座って頭を抱えた。


(おかしい……。こんなのおかしいわ……。お昼に見る夢なんかじゃないわよ……)

 あの夢の時と同様に、熱い吐息を漏らす葉月。もう二度も見た夢……。龍馬の顔が頭から離れなかった。


 このオフィスに一人だけ煩悩が支配されていた。

 上に立つ者がこれじゃいけない。そう思うのは当たり前だ。

 握りこぶしを作って頭を叩く葉月。今必要のないことを払っていた時、とある者が話しかけた。


「——葉月マネージャー」

「っ、な、なにかしらカヤさん……」

「突然で申し訳ありません。もしご予定がなければ仕事終わりに少し時間を作っていただけないでしょうか。仕事の件ではないのですが少し相談したいことが」

「大丈夫よ。それじゃあ仕事終わりに」

「はい、ありがとうございます」


 葉月は自身のことに精一杯で気づいていなかった。

 カヤが何かを勘づいているような、真剣な眼差しを何度も向けていたことに……。





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