第98話 葉月への問い詰めとカヤの勘違い

「ホント良いお店知っていますよね。葉月マネージャーは。参考になってばかりですよ」

「この雰囲気と内装でまだ良心的なお値段でしょう? お世話になっているお店の一つなの」

「葉月マネージャー、店員さんから名前を覚えられてましたね」

「ふふっ、そうツッコミを入れられると恥ずかしいわ」


 御座敷が5つの空間。廊下を挟んでカウンターが併用された隠れ家としても利用される居酒屋、潤水じゅんすいに葉月とカヤは来店していた。


 電球色の照明が優しく、席数が少ないためかガヤガヤとした雰囲気はない。客の一人一人が落ち着いた様子である。

 ゆっくりと話すには最適な場所を葉月はセッティングしていた。


 そんな二人のテーブルにはグラスに入った烏龍茶、梅水晶、冷奴、マグロのカルパッチョが置かれていた。


「カヤさんは私に気を遣わずにお酒を飲んでも良いのよ?」

 葉月の車に乗ってこの居酒屋にやってきたカヤ。運転手の葉月はアルコールを含むことが出来ないが、カヤはそうではない。


「いえいえ、今日はやめておきます。その代わりに美味しい料理を味わおうと思ってますから」

「ふふっ、それなら期待しておいて大丈夫よ。どのお料理も口に合うと思うわ」

「葉月マネージャーが言うなら間違いないですねっ」


 プライベートに入っていることもあり、肩の重荷が取れている二人は楽しくこの場を過ごしていた。

 オフィス内ではそれなりの距離を保っているが、プライベートではもっと縮まった関係を築いている。


「お仕事は順調に進んでいるかしら? 何か滞っていることはない?」

 先に届いている三品をカヤとつまみながら仕事の件に触れる葉月。こう言った場だからこそ話せることもある、と理解しているからこそ。


「順調です。葉月マネージャーからアドバイスをいただけるお陰ですよ」

「またそう言うんだから……。カヤさんはもっと自分に自信を持ちなさい。人に手柄を譲ってばかりじゃなくて、主張することも大事なのよ?」

「……それは葉月マネージャーにも言えることだと思いますけどね」

「えっ?」

「復帰した長野さんから聞きましたよ。いろいろ、、、、と。あたし達に仕事を振ることもなく、一人で負担を背負ってその件を黙っていたことは。はてさて、主張の大事さはどこへ行ったんでしょうかね」

「もぅ……。これだからカヤさんは……」


 言い包めようとして、言い返される。葉月はこのカウンターを何度もカヤから浴びていた。たったこれ一つで説得力がゼロになってしまう。

 一筋縄ではいかない相手。それが葉月から見たカヤだ。


「説教はもうやめにするわ。私が逆にやられちゃいそうだもの」

 そこで本音を口にするのが葉月の素直なところだろう。


「内容によりけりだとは思いますよ」

「そう思うことが出来ないのよね。それがカヤさんの怖いところだと思うわ」

「そ、そんなに警戒しなくても……」

「今までの蓄積が私にこうさせているのよ?」

「あ、どこかのお笑い芸人がそんなネタを使っていた気がしますそれ」

「あらそう? ふふっ、その芸人さんと私って気が合いそうね」

「面白い組み合わせにはなるでしょうね」


 そんな軽い会話を続けること数十分。

 一品料理や箸休めの料理を食べ終え、次にメイン料理のピザがテーブルに置かれる。


「……それで今日はどうしたのかしら? 仕事とは別件の相談なんでしょう?」

 熱々のピザをお皿に取り分けながら葉月は本題を口にする。この雰囲気にも馴染んできたタイミングでもある。


「そうですね。アタシとしても言いにくい話ではありますけど……すみません。失礼もあるかと思います」

「ええ、分かったわ。気にせず話してちょうだい」

 頷いて了承した葉月は烏龍茶を喉に流し、カヤの言葉を待つ。この一瞬で空気が重く変わった。その変化に気づいたのだ。


「では——単刀直入に言います。アタシの、斯波リョウマとの関係性について教えてください」

「っ!?」

 昨日の今日でこの問い詰め。

 パニックに近い状況に陥る葉月は目を大きくしてカヤを見つめていた。


「会社の同期会があった日になりますけど、リョウマと葉月マネージャーが一緒に帰っていたところを目撃しました。それもとても仲の良いご様子で」

「……」

「そして昨日、葉月さんの車らしきエンジン音が自宅に聞こえました。そのすぐにリョウマが帰宅、その衣服からは葉月さんと同じ香水が匂いました。日を跨ぐ時間まで一緒にいましたよね」


 落ち着いた口調で言葉を繋げているカヤだが、瞳を鋭く変化させていた。全て教えてもらう、そんな気迫が溢れていた。


「……カ、カヤさんに隠しているつもりはなかったの。斯波くんがカヤさんの弟さんだと知ったのは昨日のことだったから……」

「うちのリョウマと出会ったキッカケを教えてください。もうリョウマからは全部、、聞いてます。あたしは事実関係を確認したいだけですから」


 恋人代行のバイトをしていることがバレたのなら有無を言わさず辞めされられる。お金を稼ぐことができなくなる。

 この繋がりを見据えていたからこそ、龍馬はカヤの質問攻めにだんまりを決め込んでいた。


 つまり、『全部聞いている』と言うのはカヤのハッタリであり鎌かけだった。

 上司に仕掛けるようなものではないが、それは関わってる相手が大切な家族だからこそ。

 いくら鋭い葉月でも、こんな状況でその策を見破ることは不可能である。


「……そう。斯波くんから全部聞いたのね」

 ぼそり、呟いた葉月はすぐに観念した。


「……私と斯波くんは恋人代行というサービスで繋がったの。私が依頼者で、斯波くんがその代行者という関係なの……」

「……恋人代行。そうですか」

 ずっと勘ぐっていたことへの証言が取れた瞬間、カヤが険しげに天井を睨んだ。

 誰にも言えない過去——カヤもこのバイトを経験していたからこそ、その危険性もトラブルの多さを一番にわかっている。

 カヤにとって一人しかいない家族、龍馬にだけはあの苦しい道を歩ませるわけにはいかないのだ。


「……先に言いますけど、アタシの家ではこのようなバイトは一切禁止にしています。お金で人間関係を買うことがどれだけ危険なのか、葉月マネージャーなら理解しているはずです」

「……」

「この事実が分かった以上、リョウマには代行のバイトを辞めさせます。リョウマの安全を考えたのなら続けさせる理由は何一つありません」

「っ、そうよ……ね。本当にごめんなさい……」


 龍馬とカヤが肉親の関係にあるとは知らなかった葉月だが、代行を助長させたことには違いないこと。葉月はカヤに向かって深く頭を下げた。


「葉月マネージャー。アタシは助長したことを責めたいわけじゃないんですよ」

「えっ?」

 顔を上げた葉月は気づく。先ほどよりもカヤの圧が膨らんでいることに。


「あの、うちのリョウマは葉月マネージャーの欲望を満たすための道具じゃないんです。代行者の立場だからって何をしてもいいってわけじゃないんです。面白半分でたぶらかさないでください」

「た、誑かす……って? ど、どう言うことよ……」


 とぼけたような反応をする葉月だが、こればかりは本当に心当たりのないこと。

 そんな葉月が知らんぷりを続けようとしているのだと勘違いするカヤは今までにない怒りをぶつけようとしていた。


「リョウマが口ずさんでいたんですよ。帰ってきた時に33322って。これって旧式の携帯で『好き』と打つときの数字ですよね」

「っっ!?」

「リョウマのことが好きじゃないのにそんな告白をしないでください。葉月マネージャーの彼氏、、さんにも失礼ですから!」


 龍馬が二股された過去を持っているからこそ、カヤはこれほど過剰になって守ろうとする。立場が悪くなろうとも家族のために戦うのだ。


 ——葉月が前の彼氏と別れていることを知らずに……。


「か、彼氏……? 彼氏ってなによ……」

「いるんですよね、葉月マネージャーにはお付き合いをしている彼氏さんが」

「い、いないわよ……」

「な、何を言っているんですか。河野さんですよ」

「彼になら別れを告げられたわよ……。私の予定が重なっていて、1ヶ月で一回しか会うことが出来なかったから。……それもメールもあまり返せなくて」

「えっ、は……え……!?」


 今までの勢い、そして圧が霧散した。

 カヤにとってそれほどの衝撃の事実だった。いや、カヤ以外の仕事仲間が聞いても同じような反応をすることだろう。社内では来年には結婚するんじゃないか、なんて噂が広がっていたくらいなのだから……。


「ちょ、え……す、すみませんっ! 本当に本当に申し訳ありませんっっ!!」

 パニックを起こしているカヤだが、数十秒前にどんな失礼を犯したのかだけは脳裏に刻まれている。即、それはもう深く頭を下げる。


「もぅ、頭を上げてちょうだい」

「で、出来ませんっ! あ、あんなこと言ってしまって……!!」

「上げてくれないと私、怒るわよ?」

「は、はい……」

 葉月が見たのは、罪悪感に駆られたように今にも泣きそうなカヤの顔だった。


「私は気にしないから大丈夫よ。もし私がカヤさんのような勘違いをしていたのなら、同じことをしているでしょうから」

「葉月マネージャー……」

「カヤさんは偉いわよ、本当。これからもその芯の強さを持ってお仕事に励んでちょうだいね」

「本当に……本当に申し訳ありません……」


 途端、カヤは唇を噛み締め体を震わす。一つの勘違いで、いつもお世話になっている葉月に失礼な態度と発言をしてしまった。責任感の強いカヤだからこそ、葉月の優しさを身に沁みて感じたのだ。


「カヤさんは家族を守ろうとしたのだから。立派なことをしたのよ」

葉月はカヤを責めるわけもなく微笑を浮かべて安心させる。


「そんな立派なカヤさんに免じて、私の秘密を一つだけ教えてあげる」

 やんわりとした声色を見せる葉月は、カヤの耳に口を近づけて言った——。











「——私の初めての告白……。斯波くんが奪っていったのよね」



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