第114話 解決と拗ねた姫乃
「俺の大事な人に手を出すのはやめてくれ」
「大事な人ぉ? え、それどんな関係? よく居るんだよねー、こんな時にだけしゃしゃり出てくる男って。花音ちゃんの気を引こうって狙いバレバレでマジオモロいんだけど」
龍馬の仲介に一切怯むことのないタケル。むしろ状況に慣れているように、楽しんでいるように挑発を見せていた。
「君のアプローチはまた後日にすればいいからさ、もう下がっててよ。花音ちゃんに会いに来てこの仕打ちは気分が害されるよ」
「り、りょー君……」
龍馬の後ろに控えている花音は不安による緊張で声を震わせている。すがるような目で見つめていた。
「その願いはいつでも叶えてやるよ。花音が嫌がることを強要しないって約束してくれたらな」
「ハァ? 嫌がってる……? 君、それは勘違いしてるって。花音ちゃんは遠慮しているだけだよねー?」
「……っ」
タケルは龍馬でなく花音に促した。
押しに弱い性格、我慢する性格だと知られているのだろう。押すことで花音を味方につけようとしている。
助けに入った龍馬に2対1の構図を作ることで屈辱を与えようとしているのだ。
「ずるいよなお前。人の弱いところばっかり突きやがって。それが嫌がられるんだよ」
「なんのことかなぁ。花音ちゃんは遠慮してるだけじゃん」
「本気で思ってるならその感性どうにかした方がいいぞ。第一、人の気持ちを考えようともしない奴に花音は不釣り合いなんだよ。どんだけお金出しても
「花音ちゃんはそんなこと思ってないよねー? むしろこのボクに構ってもらえて嬉しいでしょ」
「……ち、違うよ……」
助けようとしている龍馬の邪魔してしまっている。そう悟ったのか花音は振り絞ったような弱々しい声を漏らした。
真隣にいる龍馬にしか聞こえない小さな声量だが、これに花音の気持ちが全てが込められていた。
首を突っ込んで良かったと感じるには十分。ここまできたら最後まで戦ってやると心に誓う。
「あのな、連絡先を教えてもらえない理由なんて一つだろ。お前は花音から好意を持たれてないんだよ」
「何言ってんのー? 花音ちゃんは照れ屋なだけだから。ボクはカッコイイし、女の子から好かれないわけがないよ」
「その自意識の高さを改めてくれないか? 話にすらならないんだが」
「同じ男として嫉妬かな? 憎いねー」
「ちげぇよ」
普段見せることはしない刺々しい言い方をする龍馬。
話を聞こうともせずに自分勝手に解釈。加えて嫌なことを無理強いしてくる。
精神的に花音は参っていただろうに今までよく愛想の良い接客を続けられていたものだ。
「って、そろそろボクの前から退いてよ、君。もう鬱陶しくなってきたから」
「だから言ってるだろ。強要しないこと約束しろって」
「ハァ。またそれ? しつこいなぁ」
「お前が呑んでくれさえすれば良い話だろうが」
こんな相手に口約束が通じるはずがないのは百も承知。それでも店側にはメリットが生まれる。
この件を店主が知った時には対策の幅が広がる。花音からの訴えがあれば出禁にすることも不可能ではないだろう。
龍馬は今自分に出来ることをしているのである。
「はいはい。じゃあ約束する前にちょっとボクの話聞いてくれる?」
「なんだよ」
「ハハハハッ、君ってさ、バッカだよねー!」
「は?」
「随分と強気で来てたけど大丈夫ー!? もう遅いけど!」
目をひん剥き、口を変な形に変えて喧嘩を売るような薄笑いをするタケルはここに来て盛大に煽った。
「正義の味方をしたばっかりに取り返しのつかないボロを出しちゃったねー。君が連れてる子に聞かれちゃったじゃん。花音ちゃんを『大事な人』って言ったセリフぅー!」
勝利を確信したような得意満面の顔を見せたタケルは、故意的に大声を発した。こちらを見つめている姫乃に届くように。
「あんな可愛い女の子がいるのに、君は花音ちゃんに二股かけようとしてたのかなぁ? いいご身分だねー君は。でもでもあの子にもバレちゃって修羅場だ修羅場!」
「はぁ……」
馬鹿なのはどっちか、呆れ以外の言葉が見つからない龍馬にはツッコミを入れる気も起きなかった。
姫乃のことを龍馬の彼女だと思っているタケル。
二股をしようとしてる相手のバイト先に、彼女を連れて行くアホな精神があるからこその勘違いなのだろう。
めちゃくちゃな思考をしていることにどうして気づかないのか、龍馬は不思議でたまらなかった。
「花音ちゃんは男運がつくづくないね。
「っっ!!」
その何気ないタケルの一言が花音の顔色を青白くさせる。
元カレを前にして好きな人がいることを暴露されてしまった。それが誰であるかを気づく要素もなく——。それでも、龍馬は一切の動揺を見せたりはしない。今、目の前のことの処理でいっぱいいっぱいだったのだ。
「言わせてもらうけど、正義気取ってる君の方が悪いことしてるからね? 花音ちゃんの状況を何も知らないでさぁ! 二股もバレて大変だとは思うけどまた一から頑張りなー? 花音ちゃんはボクがもらうから!」
「……」
この瞬間だった。プチんと頭の中の何かが切れた感覚が龍馬を襲った。
(花音はこんな奴にずっと我慢して……)
『いつもの』と注文をしていたことで常連であることは明白。
店に来るたびに毎度このような扱いを受けていたと考えたら当然の思い。
店主に対策の幅を広げさせるために約束させる。こんな目的はもう龍馬の中から消える。
この男に吠え面をかかせてやる……と、花音にしてきたことへの仕返しばかり浮かんでいた。
「もう言おうか、花音」
「……えっ」
何を? とのニュアンスを含んだ花音だが答えは教えない。
怒りを押し殺し、平坦な声色でワンクッションを挟む理由は
場の雰囲気に押され、だんまりになる花音だからこそ打ち合わせしていなくても成功する可能性が高い行動。
「もうイラついたからぶっちゃけるけど、花音の状況を知らないのはお前だからな」
「ハァ? 何言ってんの?」
「だってお前の言う花音と喧嘩した男って俺のことだから」
「っ!?」
「ハ、ハァァッ!?」
唐突の発言。大声で叫び上げたタケルを完全無視する龍馬はあのバイト時のスイッチをオンにしていた。
姫乃と葉月、二人のリピーターをつけている龍馬にとって違和感の与えないように動くことは容易であった。
「少し我慢してくれよ」
タケルにバレないように耳元で囁いた矢先、龍馬は花音の背中に腕を回して優しく肩を抱き寄せる。
「っ!! ぅあぅぁ……」
ピクんと跳ね上がる花音は完全に体を硬直させた。
好きな相手からいきなり触れられた事実。そして『喧嘩した男は俺』と言う龍馬のブラフが当たっているのならこうもなる。
「……不本意だけど、お前のおかげで花音の気持ちがわかったよ。喧嘩してた俺のことが好きだっただなんてさ」
虚言をかましている龍馬だが、花音の立場で見れば心臓がドキドキしっぱなしである。
本気の反応になっている花音だからこそ、龍馬の言葉一つ一つに力がこもりタケルを信じさせる。
「ちょ、ちょっと待てよ! ボクそんなの聞いてないぞッ!」
「そりゃ仲直りしたの昨日だし、お前が知るはずねぇよ。花音からバイト先でのトラブルを聞いちゃいたけど、まさか次の日でその根源に会えるとは思わなかったわ」
「ひ、開き治ってる場合じゃないだろ! お前は二股してるところを見られてるんだぞ!」
先ほどまでの煽りの顔はどうしたのか、焦った様子を露わにしているタケル。小物感が溢れに溢れ龍馬のペースに完全に乗せられていた。
「またその話かよ……。あのな、冷静になって考えてみろ。二股かけようとしてる相手に彼女連れてこようとするか? その考えは俺の頭の中にすら無いが」
「……き、君が花音ちゃんの喧嘩相手だって証拠はないだろ!」
「なら今ここで花音に告白して証明してやろうか? ……あ、それが良いな。屈辱したお前の顔を拝むのが花音にとって一番スッキリするだろうし、俺もそれ見たいし。それで俺たちも結ばれるから一石二鳥だな」
「ぐっ……な、なんだよそれ……ッ!」
「証拠を見せろって言ったのはお前だろ。そもそも俺が花音を呼び捨てにしてる時点で親しい関係にあることを理解しろよな」
目を笑わせることなく、圧を大きくしていく龍馬に完全に萎縮したタケル。勢いは完全に削がれ完全に信じきっていた。
「お前、花音に言ってたなぁ。『大人の対応ってもんをしてくれないと〜』って。その言葉そっくりそのまま返すよ。
店の関係者でもない龍馬がタケルを追い返す権限はない。もし一つでも間違ったことをしたら相手が図に乗るだけ。最後まで油断の文字を振り払っていた。
「花音、行くぞ」
「え、ぁ……うん」
龍馬は肩を掴んだまま、逃げ道を確保するように姫乃の元に向かっていく。
「クソがァッ!」
龍馬と花音、二人が背を向けた瞬間に聞こえたタケルの喚く大声。
地団駄踏んだような音を出し——『カランカラン』
ドアベルを鳴り響かせて店を去って行った。
もう来ることはない。そう確信できるほどの後ろ姿だった。
「……行っちゃった」
これは全て演技。龍馬は花音の肩から手を離し一定の距離を取った。
「あ、ありがとう……りょー君」
「呑気に礼なんか言ってんじゃないアホ花音が」
「あ
ポカンと軽いゲンコツを喰らわす龍馬はこっちにも怒る。
両手で頭を押さえている花音など無視だ。
「我慢するなってあれほど言ったろ。なんでまだ治してないんだよお前は」
「だって、迷惑がかかっちゃう……から」
「迷惑の問題じゃないだろ。我慢される方が迷惑だっての。今ので身に沁みただろ」
「う、うん……。ごめんなさい……」
謝罪をする花音だが、その表情には安堵も見られた。問題が解決したと実感を覚えたのだろう。
「まぁ、謝るくらいなら礼を言ってくれ。俺をここまで動かしたのは姫乃なんだから」
「そ、そうなのっ」
その促し後。二人で席に座る姫乃を視界に入れるが——予想外のことが起こっていた。
「む」
拗ねた面貌のまま、姫乃は
「え、な、なんか怒って……る?」
「……」
龍馬、正解である。
一人の店員を助けるためとはいえ、あれだけのことをしたのだ。姫乃にとっては羨ましいことであり、モヤモヤもする。
姫乃は首から上を動かすことなく、テーブルに置かれた龍馬のナポリタンを引き寄せる。そのまま麺の中にフォークを刺し、くるくると回す。
「えっと……姫乃?」
「ん」
龍馬が疑問符を流した途端である。姫乃は龍馬が注文したナポリタンをノールックで口に入れたのだ。
「は、ちょっ!? 姫乃!? それ俺のナポリタンなんだが!」
「うるさい」
「勝手に食っちゃ駄目だろ!」
嫉妬の姫乃はこのぶつけようのない気持ちを龍馬のナポリタンに向けていた。
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