第115話 落ち着き後と忠告
その後、落ち着きを取り戻したこの店内ではあるが心穏やかでない者が1人——タケルを追い払うためとはいえ、過剰な接触現場を見てしてしまった嫉妬プンプン姫乃である。
「……お姉さん、
「っ!? そ、そんなことはないよっ!?」
とある件で店長に手招きされた龍馬は現在カウンター席に。
今、目の前で花音がお冷を継ぎ足している二人っきりの状況だからこそ姫乃は心の声を口に出すことができる。
「またニヤけた」
「ご、ごめんなさい……」
「また、ニヤける」
どんどんと声に力が入る姫乃。
「そ、そんなに……出てちゃってる……かな」
「ん」
これは姫乃が鋭いからではなく、ただただ花音がわかりやすいだけ。
だが、それも仕方がないのだろう。
タケルの口説きが日に日にエスカレートし、我慢の限界に近かった状態でまさかの想い人に助けてもらったのだから。気持ちが面に出てしまうのは自然なことだ。
「……姫乃、お姉さん助けられて嬉しい。でも、複雑……」
「姫乃ちゃんは優しいね……」
「優しいなら、モヤモヤしない」
龍馬の行動は、助ける上で一番の解決策だったと理解はしている姫乃と、嫉妬を汲み取り受け身で対応している花音。
互いに非はない……と理解しているからか、険とした雰囲気は生まれてはいない。
そんな二人が話している内容は龍馬がいるカウンターには聞こえていない。しかし、話し込んでいる状況なのはカウンター席からでも目に映る。
姫乃と花音、両方が怒られないために龍馬がやることは一つだけ。
「すみません店長さん。
「雨でお客さんもいないし構わないよ。それにワタシは引き締まってるような店は嫌いでね、緩い気持ちでやりたいのさ」
「そう言っていただけると助かります」
謝意を伝えるように一礼する龍馬だが前置きに過ぎない。この女性店主が手招きした理由をまだ教えてもらってはいないのだから。
「あの……それで自分を呼んだ理由とは?」
「……何かと積もる話もあるだろうからな。一対一で礼を伝えたかったんだ。今日は本当に助かったよ。あの男を追い払ってくれたこと本当に感謝している」
「あぁ、そのことでしたら気にしないでください。自分も少しやりすぎた部分がありましたから。むしろお店に迷惑をかけて申し訳ないです」
一泡吹かせてやる……と、冷静さが欠けていたのは事実。
自分の持つ店であのやり取りは気分が良いものではないだろう。従業員の花音を助けたとはいえ正当な謝罪だ。
「……おや? ワタシが
「そのことでしたら自分の気持ちを汲み取っていただけたのかな……と。もし店長さんが間に入っていたらこちらもやり辛くなってたでしょうし、変に問題を長引かせる可能性もあったと思いますから」
カウンターから見てタケルのいた席は死角になっていない。バックルームに入っていない限りこちらの様子は丸見えである。もちろん、客席からカウンター側もにも。
「もう一つ理由があってな……。カノンからは
「ッ!? ……はぁ。もしかしたらとは思ってましたけどやっぱり話しているんですね。花音は」
少し呆れたように、そして不満を含めたため息を吐く龍馬。
誤解が解けていたとしてもあの過去はあまり知られたくないこと。誰にも言うな、なんて権利がないのは承知の上で誰にも言ってほしくなかったのだ。
「カノンのことは悪く思わないでくれ。確かに話しはしたがキミの愚痴は何一つとして言っていないんだ。むしろキミのことを自慢したり、自身のことを悪く言ったりだったからな」
「ん……? 自分を責めるところは花音らしいですけど……じ、自慢ですか? 別れた自分のことを?」
「そうだな。いつも頼りになってたとか、凄く引っ張ってくれたとか。過去形で話はしてたが、それはもう口癖のようにな」
「そ、そうですか……」
褒められていたからって関係が修復することはない……が、あんな別れ方をしたにも関わらず嬉しくなるようなことばかり言ってくれていた花音。
それは恨みを持ち続けていた龍馬とは大違い。誤解だっただけに心が痛くなるほどの罪悪感を覚えてしまう。
「だからな、今回はカノンの言葉を一番に信じて介入することをしなかったんだ。……任せっきりになってしまって本当にすまない」
店を持つ立場と客側の立場。あのような接客トラブル時に遠慮なく闘うことができるのは後者だ。
店が関わっていない以上、評判のために相手に寄り添う必要もなく、怒りを鎮めようとの行動を取らなくても良い。結果、早期解決がしやすい。
『任せっきりになってしまって』
このセリフは、そこを見通していたからの言葉なのだろう。
「いえ、
「……いいや、それは違う。ワタシとしてはそう勘違いしてくれて方がメンツも立つのだな」
「へ?」
店主からの否定は予想外だった。思わず気抜けた顔を見せてしまう龍馬。
「謝ってばかりで抱え込むカノンは、キミの言う昔の性格のままなのだろう。……それでも頑張って変わろうとしているんだ」
「そ、そうなんですか? あの口説かれていた状況をずっと黙ってきていたわけじゃ……」
「アプローチが怖くなってる。その一言だけだったがちゃんとワタシに教えてくれた。だからワタシは何も知らなかったわけじゃない。……いろいろな理由があって静観したことには違いないが、この事実を踏まえると実に身勝手なことをしてしまったようだ」
花音からの報告を受け、ひとまず必要以上の接客をさせないように対策した店主だが、無関係な龍馬に問題の解決を委ねた事実。
結果、早急に解決。正しい行動をした店主だが顔向けできない部分があるのだ。
「何を言ってるんですか。この結果は店長さんの行動を含めですよ。ありがとうございます」
「そうか……。そう言ってくれると救われるよ」
「って、あの花音が状況を報告したってビックリですよ。……店長さんを疑うつもりはないんですけど、花音の肩を持っていたりとかしていませんか?」
「ハハッ、それはない。ワタシは自分の評価を落としてまで相手を上げることはしないからな。……で、どうだい? 花音が変わろうとしてると聞いて」
この促しに一体どんな目的があるのか、龍馬は気づかない。素直な気持ちを打ち明ける。
「……まぁ、嬉しくはありますよ。花音の性格って必ず損をしますから改善してほしいってのはずっと思ってましたから」
「その言葉、カノンに聞かせたら喜ぶと思うぞ?」
「そうかもしれませんね……。でも、ここでの話は秘密でお願いします。別れているのにこんな心配してるっていうのはおかしいですから」
「ワタシの捉え方がおかしいのだろうか? キミには未練があるように思うが」
「…………正直に言えば、ですね。元の関係に戻ろうとか今は考えられませんけど、また仲良くなれたらっては思いますよ」
元よりこの二人は喧嘩別れをしたわけではない。酷い思いもしたが誤解であると知り、今はもう昔のように仲良く会話ができるほど。
歯切りが悪く感じることもあるだろう。
「じゃあ仲良くなればいいじゃないか?」
「いえ、花音には好きな人がいるらしいのでこのままでいるのが賢明なんです。その好きな人に別の男がいると誤解させたくないですし、悩まなくていい悩みを作らせるのは本望じゃないですから」
「……鈍感だな、キミは」
「な、なんかそう言われますね……はは」
「——そして優しすぎる」
苦笑いをしながら声を上げた龍馬に、店主は一瞬で真顔を作った。
「や、優しすぎる……?」
「ワタシの友達が言うんだ。優しすぎるのは罪。当人知らぬ間に争いを増やすってな」
「……争い?」
「これはワタシからの忠告だ。イイ男ってのはそんな宿命を背負うもんだ」
おどける店主は龍馬から視線を変え、斜め左を見る。そこに一人の従業員と一人の客。
龍馬の背中に顔を向けている花音と——
(いや、ワタシに嫉妬されても困るんだが……あのもぐっ子パンケーキちゃん)
姫乃と視線を衝突させる店主は可愛いあだ名を命名していた。
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