第3話 不便なコト

 恋人代行サービスを利用する客の目的はさまざまである。

 純粋に異性と遊びたいという理由の他にも、気分転換やストレス発散。異性と接する練習。カップルじゃなきゃ入りづらい場所に行きたい。悩みや愚痴を聞く。コンパのパーティーの数合わせなど。


 もちろん、代行を利用する客にも代行者にもルールが規定されている。


 恋人代行を利用する客は、その目的によって手を繋ぐ。腕を組むことが認められている。これは恋人を装ったり恋人関係という雰囲気を楽しむためである。

 依頼者の自宅を訪問することもルール上は可になっているが、そこでのトラブルの発生を考慮しているために好ましくはない。


 代行者側の大前提は客を好きになってはいけないこと。恋人の代行だったとしてもあくまで友達と接するような距離でいること。トラブルを起こさせないために仕事という点を第一に置き、異性として好意を抱かないようにしなければならない。


 代行の時給は3000円。夜22時以降はさらに1000円が追加される。

 基本的にデート中の支払いは依頼者持ち。飲食代なども払う必要はない。

 

 最初で相手を楽しませることができれば、”また指名したい”とリピーターがつく。結果、お金をたくさん稼ぐことができるという仕組み。

 コミュニケーションを取り、相手をいかに満足させられるのかが重要になってくるのである。



 ****



『そわそわ』

 その日、姫乃の様子は少しおかしかった。というよりも普段の落ち着きがないという方が正しいだろう。


 姫乃は恋人代行サービス、ファルファーレに電話をかけていた。

『来週の水曜日、18時に恋人役を派遣できますか』と。


 予約は思ったよりも簡単だった。

 年齢、容姿、雰囲気、服装の指定をする。もちろんどれかをお任せにするのも可能である。

 あとはおおよその代行時間、待ち合わせ場所を決め、その時に来ていく服装を恋人代行サービス、ファルファーレに教える。あとは当日まで一言二言のやり取りを会社とするだけだった。


 ファルファーレの特徴は、会社が適した人材を派遣すること。仲介料は1万円だが、『ご満足いただけなければ仲介料全額返金』なんてとんでもないことをしている会社である。

 それだけ人材派遣に自信を置いているのだろうと、姫乃には安心という気持ちが大いにあった。


 恋人代行と言っても初対面の相手と会うことになる。会社が派遣に自信を持っているのは一つの安心点。


 そして今日が来週の水曜日。代行を予約した日である。

 現在の時刻は16時10分。“デート”まで着々と時間が迫っていた。


「ねー、ひめの?」

「っ、なに」

 亜美は唐突に声をかけてくる。


「さっきからどうしたの? 落ち着きがないけど……もしかしておトイレ我慢してる? 早く行ってきなよ」

「してない」

「じゃあなに? なんかいつもと様子が違うからさ」

「……亜美の勘違い」

 姫乃がこの大学に入学して初めて出来た友達が臨席に座っている亜美である。そんな亜美の観察眼は人並み以上。その能力があるためか空気も読める。


「まぁ、体調方面で悪くなければいいんだけどね?」

「ん、大丈夫」

 亜美は体調を心配して声をかけてくれたのだ。その気遣いに答えるように少しだけ大きく頷く姫乃。


「あっ、そうそう。ひめのって今日用事入ってたりする? イオンの中にあるタピオカ専門店の和栗スムージーを飲みに行きたいんだよね」

「っ!?」

「なんか秋限定商品らしくてさ!」

「……」

 友達を遊びの誘う常とう句だが、姫乃は狼狽を顔に漂わせた。


「ええ? どしたのその反応」

「な、なんでもない」

「それで予定はどんな感じ?」

「……ある」

「あるんかいッ! マジかー。あるのかぁ。じゃあ別の友達探すしかないかぁ」


『ガーン』という擬音語が聞こえてくるくらいに肩を落とす亜美だったが、すぐに気持ちを切り替わっている。『今日絶対に和栗スムージーを飲むんだ』とそんな強い意志が姫乃にも伝わってくる。


「亜美、行くの? ……イオン」

「いやぁ、ずっと気になってたからさ! ウチの大好きな和栗スムージーにタピオカまで入ってるんだよ? これはもうおいしいの極みだって!」

「……タピオカは太る」

「運動するから大丈夫だって!」


「……タピオカはとんこつラーメン片手に持ってるのと一緒。太る」

「珍しく饒舌じょうぜつだね。……もしかしてウチがその店に行くと何か不便なことでもあるのかい? その店ってよりもイオンに、かな?」

「そ、それは……別にないけど」


 頰まで伸びた銀髪の触覚を親指と人差し指でねじりながら姫乃は視線を逸らした。


「へぇ、あるんだ。不便なことが」

「……」

 分かりやす過ぎる反応。勘の鋭い亜美でなくても簡単に気付くことが出来るだろう。普段通りの見栄を張っていたのなら亜美にバレることはなかった。

 

 しかし今日は姫乃にとって“初デート”。緊張に不安に期待でそれどころではない。


「なんですかー? その不便なことってのは」

「……教えない」

「教えない、ねぇ……。正確に言えば教えられないってとこじゃあないのかい?」

「…………」

 立場が悪くなった時に使う秘技、黙秘を姫乃は使用する。

 亜美には今日、イオンに来てほしくないのだ。――この数時間後に迫っているデート、その場所がドンピシャなのだから。


「あ、もしかして今日そこに行けば会えるとか? ひめのの服装はチョーわかりやすいから秒で見つけられる自信あるなぁ」

「いかない」

「じゃあ別にウチは行ってもいいよね?」

「行ったらだめとは言ってない」

「そうだけどさー、イオンには来るなー!! みたいな雰囲気出してるんだもん」

『……ごく』

 察したように口に出され思わず息を呑む。


(なんで今日なの……。タイミング悪いよ……)

 亜美には言っているのだ。もう見栄を張ってしまっているのだ。

『彼氏はいらない』と。


 デート現場を見られたなら一体何を言われてしまうのか――いや、確信的な予想しかできない。

 もしそうなってしまえば由々しき事態に陥る。……姫乃は彼氏を代行、、しているのだから。


「でもウチとしてはちょっとショックだなー。ウチよりもそっちを優先しちゃうんだもん」

「先に予定入れてた。亜美もそうするはず」

「あー、そう言われたらそっか。優先順位をそっちにしなきゃあダメだね」

「ん」


 しっかりと納得してもらったが、姫乃の不安は拭い去れないもの。

 もし、もしデート現場を目撃されてしまったのなら――。

 姫乃は一週間という長い時間かけたデートプランを崩す考えを取るのであった。


 しかし、姫乃にとって初デート。未経験なためにその他の案は全く思い浮かばなかった。








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