第2話 バイトのキッカケ
とある日の休日。
2LDK造りのリビングソファーに座って本を広げている
その本を見続け15分から20分が経過している。
「はぁ……。やっぱりこんなもんだよなぁ……」
目ぼしい情報が全然なかったと思わずため息を吐いてしまう。
龍馬にとってこれは死活問題でもあった。
「なにを熱心に本読んでるの? リョウマにしては珍しいじゃん」
「求人誌」
ソファーの後ろから覗き込んできたのは実の姉である
「えっ? リョウマってばまたバイトするの? 今も書店でバイトしてるのに?」
橙色の大きな双眼をさらに開いた後、カヤは不満そうに顔を歪めた。
「バイト先、あと半年くらいで遠いとこに移転するからさ。今のうちに探しておこうと思って」
「そこは移転してから探してもいいんじゃない? 大学行きながらバイトの掛け持ちってかなり大変よ? 学業にだって影響が出るかもだし、アタシはもう就職してるんだからリョウマの学費くらい払うって」
「カヤ姉には甘えたくないんだよ。俺の学費なのにたくさんお金出してもらってるんだから」
「……生意気な口を言うようになってさ。もう可愛くないんだから」
「うるさい」
龍馬とカヤは少し複雑な家庭なのだ。
身体が弱かった母親は龍馬を産んだ少し後に命を失い、父親はカヤが高校卒業する年に過労で亡くなった。
稼ぎ口がなくなった我が家。姉のカヤは大学を目指していたのにも関わらず、龍馬を食わせていくために就職を選んだのである。
「気にしなくていいのに。どうせいつかはチャラになるんだから。ほら、年功序列ってやつで」
「甘えてばっかりってのは俺の気が済まないんだよ」
仕事終わり、自宅に帰ったカヤが食事も取らずに寝室に行くこともある。必死になってカヤがお金を稼いでいることは見ての通り。
もうずっと二人で暮らし続けているのだ。少しでも肩代わりしたい。そんな思いを抱くのは当然のこと。
「うーん、そこまで言うなら止めないけど無理のないようにね? リョウマは勉強が仕事なんだから。成績が落ちたらバイト辞めさせる。分かったね?」
「き、気をつけるよ……」
細く整った眉を八の字に本気顔になったカヤを見てしぶしぶ頷く龍馬。
龍馬には勉強にだけ打ち込んで欲しいと、これがカヤの気持ちである。その気持ちを汲み取っている龍馬だが、絶対に譲れない部分がある。
会話の中でお互いに譲歩した結果が、『成績を落としたらバイトを辞めさせる』であった。
「よろしい。んじゃアタシは部屋に戻ってお昼寝するから」
「分かった。夕ご飯は作っておくよ」
「ありがとー」
そうしてカヤが自室に入った後も求人誌に目を通し続けた龍馬。
「高額時給はやっぱり深夜帯になる……けど……」
オープンスタッフも探したが2ヶ月間しか高額時給にならない。結局通常の時給に戻ってしまう。
かと言って、夜間帯のバイトに入れば学業に支障をきたす可能性――いや、絶対に支障が出る。生活バランスが崩れるのだから予想するまでもない。
早く見つけなければ……なんて危機感と悶々とした気持ちに駆られながら休日を過ごした龍馬だった。
****
「ん? 龍馬またバイト始めるつもりなんか? 今書店で働いてなかったっけ」
「残念なことに移転するんだよ。半年後だけど」
「マジかよ。そりゃあキツイな」
「ああ……だよなぁ」
昼飯を食べに学生食堂や外に出かけているのだろう静かな教室。龍馬の横に座って一緒に弁当に箸をつけている中村
「まー、早めに見つけておいて損はねぇと思うぜ? そもそも大学の学費が高すぎるし」
「俺、頑張って夜間で働こうと思ってるんだけど……どう思う? やっぱり高額時給なのは間違いないし、背に腹はかえられないっていうか」
「ガチでやめとけ。もしそれで勉強についていけなくなってみろ。留年だぜ?」
「そ、そう……だよな」
龍馬の家庭的に、留年は一番にやってはいけないこと。姉であるカヤにプラス一年分の学費を出してもらうことになるのだから。
もし留年になったとしても、カヤはイヤな顔一つせずに『頑張ってきなさい』とお金を出してくれるだろう。
長年の付き合いでそんな対応をすると分かっている。
ここまで理解していて単位を取れなかったのなら、申し訳なさと不甲斐なさで合わせる顔がなくなる。『留年してもいいや』なんて甘えることだけは許されないのだ。
「で、でも……学費のためには出来るだけ高時給が理想なんだよなぁ。
「夜間帯じゃなければ……ねぇ。あったならさっさと龍馬に教えて——あ、あるわ」
「本当か!?」
「まー、あるにはあるんだが……友達に進めるのは気が引けるってか」
言って早々ためらいを見せる
「一応教えてくれないか? 頼む」
「そこまで言うなら教えっけど……恋人代行サービスってやつなんだよ」
「こ、恋人代行……? なんだそれ、初めて聞くんだけど」
「オレの幼馴染が最近までやっててな、いろいろと教えてくれたんだよ。言葉通り、お金を出してもらって依頼主の恋人(仮)になるバイトだ。もちろん依頼日だけ」
「き、危険な仕事とかじゃないよなそれ……。かなり
これは一般的にあるバイトではない。恋人代行なんてなかなかに聞く言葉ではないのだから。
「オレもそう思うが、幼馴染がやってた分ホントにあるんだろ。なんか3時間で1万円くらいはもらえるらしいぜ? 依頼者によってはお小遣いあげるとかなんとか追加報酬もあるらしい」
「に、日給1万円!? 追加報酬!? 代行するだけでそんなうまい話があっていいわけないだろ……」
「それがあるから今紹介してるんだ。まー恋人代行って言っても、実際には依頼者の目的にあった派遣のバイトでもあるらしいだけどな。引っ越しの手伝いをしてほしいとか、買い物で重い荷物を持ってほしいとか。デリヘルを呼ばせて洗濯とか料理してもらったとかSNSに拡散されたりしてるだろ?」
「あ、あぁ……。バズってたりするな」
今はネット社会だ。テレビよりもスマホを使って情報を得ることが多くなっている。
バズるとは、そのネット用語で短期間で爆発的に話題が広がり、多くの人の耳目や注目を集めること、インターネット上で口コミなどを通じて一躍話題となることである。
「まー、龍馬ならコミュニケーションスキルもあるし、オフ状態でいかなければどうにでもなると思うが」
「オフ状態……?」
「龍馬が遊びとかバイトに行く時とか、そのダサいメガネじゃなくてコンタクトにしてるし、髪もセットするし、服装にも気を遣ってるだろ? そんな感じ」
「いや、いつも服装には気を遣ってるつもりなんだが……」
「じゃあメガネと髪だ。お前、素は良いんだから大学でも遊びの時みてぇに行きゃ良いのに」
目は隠れていないが、それでも十分伸びきっている龍馬の前髪を上に持ち上げながら雪也は言う。
髪を退け顔を晒せば龍馬の容姿は少しだけ中性的に映る。姉のカヤがそうであるように、目鼻立ちがハッキリしている特徴に加えて、女性らしい柔らかい特徴を併せ持っている。
綺麗な顔立ちで175cmの高身長であるが、年齢よりもほんの少し幼く見える。
「ワックスは値が張るだろ? 毎日使ってたらすぐなくなるし、洗い流すのも大変だ。コンタクトも面倒くさいし……」
「はぁ、そんな理由かよ……勿体ねぇの」
雪也は金髪の頭を掻きながらスマホからメール画面に飛ぶ。
「一応、メールに送っておくからな。代行会社の連絡先」
「ありがと……って、え? なんで
「幼馴染にずっと勧められてたからな。だから履歴にこの会社の電話番号が残ってるわけ。まー恋人代行ってネットで調べてもこの電話番号は出るらしいし、代行人同士の関わりはないらしいからそこの関係は気にしなくていいらしい」
「なるほど……」
「なんか人材が不足してるらしいし、気になったんなら電話してみろよ。楽ってわけじゃないと思うが、それなりに稼げるかもしれないぜ?」
「ありがとう
話を聞く限り魅力的であることには違いない。
とりあえずの候補に入れ、今日もバイト先を探したが雪也と話した恋人代行がどうしても気になった。というよりも、お金を稼ぎたいと焦っていた者に対しての『日給10,000円』、『人によっては追加報酬』とのワードは魅力的すぎるのだ。
夜勤帯でもなく高額時給。もう他には見つからなかった。もう手段は選んでいられないと龍馬はその日のうちに恋人代行サービス会社に電話をかけ、明日の面接を取り付けた。
そして、明日のこと。
ビデオ面接で始まったが――本当に人材が足りていないのか、採用はあっさりすぎるほどに決まった。
氏名や住所などの基本的な個人情報から見た目と年齢。得意なこと、髪型や髪色などの特徴をwedページで記入し、会社にキャストとして登録を行った。
その2日後、希望条件の確認や人柄を確認するための簡単なカウンセリングを会社とWebを通じて行った結果……龍馬にマッチする依頼がやってきたのである。
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