第4話 デート①side龍馬
白シャツのインナーに革ジャンを羽織り、チェックシャツを腰に巻く。
黒のスキニージーンズに白のスニーカー。主張の激しくない金のネックレスをつけた俺は深呼吸をしながら集合場所に歩みを進めていた。
現在の時刻は17時58分。集合場所は東公園の噴水前。
代行会社からは集合時間である“18時ぴったりに”との指示を受け、依頼主の服装も伝えてもらっている。
――黒を基調としたドレス姿をしていると。
ドレス? お祝いごとのあとに恋人代行を……?
なんて疑問があったが、ネットで調べるとそんなファッションが実際にあるらしい。
はぁ、めちゃくちゃ緊張する……。
今日は初仕事と言う名のデート。
メガネをコンタクトに変え、清潔感を出すためにワックスで髪もセット。一応の身なりはしっかり整えてきた。隣に連れていても相手を恥ずかしがらせない、を目標にして。
そして、噴水広場に到着した時間は18時。
あの人か……。
依頼主は情報通りのドレスを着していた。
それも噴水前にはその女の子一人しかいない。簡単に発見する。
デート。そんなことには馴染みのない俺。もし過去に経験がたくさんあったのならどれだけ良かったのか……なんて後悔が今この瞬間に湧き出る。
って、いまさら何言ってんだよ俺……!
生唾を飲み込み、気持ちを切り替える。
仕事、これは仕事だ……その心意気で俺はゆっくりとその依頼主に近づき、恐る恐る声をかけた。
「すみません。
『びくっ!!』
驚かせるつもりはなかったが、知らぬ相手からいきなり声をかけられたことでビックリしたのだろう。
女の子は紫水晶の瞳を皿にしたように小さな顔を向けてきた。
え? か、可愛くないか……この子。この女の子が恋人を依頼を……?
意外だった。彼氏がいても不思議ではないくらいのかわいい顔立ちの女の子が今日の依頼者だったのだから。
「……姫乃、です。あなたが……しばさん?」
「はい、初めまして。
ネットで調べた服装の系統が一致。ゴシック・アンド・ロリータのファッションを
眉にかかった長さでぱっつんに切った銀髪。
フリルやリボンをふんだんにあしらったドレス風の黒のワンピース。
姫袖のボレロ、ボンネットタイプのヘッドドレス、黒バラがプリントされたタイツにチョコレート色のぺたんこ靴。
ミステリアスでなかなか見ぬ服装だが、お世辞抜きにして似合っていた。
「ん、大丈夫」
女の子、姫乃は頷いた。
「今日はよろしくお願いしますね」
「おねがいします」
「あぁ、口調は変えた方がいいですよね? 恋人関係だから……こんな感じでいい?」
声音と口角を
この仕事を成功させなければお金をもらうことができない。時間の無駄には絶対にさせない。これは――意地だ。
「……やり手」
「え?」
「距離感縮めてくるの、すごいと思った」
「あはは、不快だったら言ってね。要望にはできるだけ答えるから」
って、今でも相当無理してるんだけどね! やり手だなんてとんでもない! とツッコミを入れたい。
この女の子に違和感を持たれないように慣れないことを精一杯している。吐きそうなくらい極度な緊張が襲っている。
「ん、大丈夫。……いい」
「それなら良かったよ」
寡黙で表情もあまり変えない女の子だが、少ない言葉で気持ちを伝えてくれるあたり扱いにくいということはなかった。
「姫乃さんはどこに行くか決まってるって会社からは連絡があったけど……どこいくのか聞いていい?」
「……
「ッ!?」
い、いきなり名前ェ……!? そ、それは待ってくれよ!
それが俺の本音だった。
知らぬ相手をいきなり名前の呼び捨て。これがどれだけ勇気のいることか……。
「どうしたの?」
「あぁ、ごめん……」
「姫乃の名前、言って」
一番して欲しくのない追求。
もう、逃げ出したい。逃げ出したいが……今日だけで10,000円近くのお金が貰える。お金がほしい俺としては拒否するわけにはいかない。
女の子の目をしっかりと見て――ヤケになる。
「……姫乃」
「ん。姫乃はシバって言う」
「お、俺のことは名前呼びじゃないんだね?」
「……」
「ど、どうかした?」
疑問に対して無言になった女の子に俺は不安を募らせる。何か気に障ったことを言ったんじゃないかと。
「……恥ずかしい、から」
「そ、そっか」
俺も恥ずかしいんだよ!?
視線を外して顔をほんのり赤らめる女の子に、『ずるくない!?』なんて幼稚な感情を生んでしまう。だが相手は依頼主、こちらは何の文句も言わずに受け入れなければならない。
「……今日、イオンに行く」
「あぁ、バイキング店が目の前にあるところだよね」
「そこ」
「了解。じゃあ行こっか」
「ん」
行き先はこの依頼者が決めていると会社から聞いていた俺はあっさりと飲み込むことができた。
「シバ」
突と名前を呼ばれる。
「……はい」
「……え?」
そして、流れるような動き共に女の子はちっちゃな小指を向けてきたのだ。もちろん俺に。
「いきなり全部は恥ずかしいから……まず小指繋いで、イオン行く」
「そ、それは早く……ない、かな? 俺なんかで大丈夫?」
要望を聞き返してしまうあたり俺は恋人代行失格だろう……。
だが、手を、小指を繋ぐなんていきなりのこと。動揺してしまうのは仕方がない……。
初対面でまだ10分くらいしか経っていないのに『繋ごう』だなんてどんなメンタルしてんだ……。この子。俺には全く理解できない。
って、もしかしなくても恋人代行者の俺より、絶対この女の子の方がデートの経験が豊――と思った矢先、
「早く、ない……よ」
ぎこちない言葉を女の子は放ち、目を伏せて耳を真っ赤にしていた。
「……」
ぜ、絶対無理してるよねそれ!? そ、それなら手を繋がなくてもいいんじゃない……? 俺も無理するわけだし……。
そんな独り言を口に出していたのなら、今日の仕事はボツになっていただろう。
「恋人、だから。繋ぐの当たり前……。できることしないと、お金ももったいない」
「ッ」
この声を聞き、ハッとさせられた。この女の子は“恋人”を依頼していたのだと。
少しでも満喫するために繋ぐのが当たり前の世界なのだ。
「ごめん、そうだったね」
俺はしっかりと――差し出された小指を握った。
小さくてぷにぷにと柔らかく感触。低反発まくらのように手が沈み込むようで、しっとりとしていた。
な、なんでこんなに……手、小さいんだよ……。
冷静を無理やり装い、内心は心臓バクバク。もうわけが分からない。
「ぅ……手、ありがと……」
「い、いやいや。お礼言う必要はないよ」
「……ん」
そうして、俺は恥ずかしそうにしている女の子と一緒に歩き出した。
あー、やばい。今日だけで寿命縮むぞこれ……。
服装は少し特殊気味であるが、こんなにもかわいい女の子と手を繋いでいることで頭は真っ白になっていた。
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