第5話 デート②side姫乃

『びくっ!!』 

 最初に会った時はびっくりした。

 いきなり声をかけられたもともあるけど、少し前に廊下で姫乃のハンカチを拾ってくれた男の人に似てたから。

 コミュニケーションの能力がモンスターだったから。けなして言っているわけじゃなくて、ほめてる言い方。


「あぁ、口調は変えた方がいいよね? 恋人関係だから……こんな感じでいい?」

 そこで友達といっしょにいるときに笑うように表情を崩してきた。警戒心がなくなるくらい親しい雰囲気を出してきた。距離を縮めてきた。


 この男の人……姫乃と同じ年くらいなのにすごい。

 もしこの人が誘拐犯だったら、騙される女の子がたくさんいる……そのくらい取り繕い方が上手いと思う。


 姫乃にはこんな芸当何年かけても身につけられないと思う。普通に考えて初対面の相手にこんなことをできる人は少ないと思う。


 でも、ちょっと抵抗したかった姫乃は出会って数分で手を繋ごうって言った。姫乃も姫乃で距離を縮めたかったから。今思えばすぐ手を繋ぐなんておかしい。いくら恋人役だったとしても。


 でも、シバはすぐに要望を叶えてきた。

「ごめん、そうだったね」と言って。

 さすがは恋人代行の会社が派遣するくらいの人だと思った。

 この時にアタリを引けたと思った。



 ****



 イオンに着く前も、着いてからも手を繋ぎながら店内を歩いている姫乃はシバと会話は続いてた。

「嫌いなたべもの? しいたけ」

「しいたけ!? それは勿体無いなぁ」

 

 姫乃は喋るのが苦手。だけどなぜか続いた。――ううん、なぜかって言い方は違う。シバが話をたくさん振ってくれるから話が進む。

 おしゃべりは苦手だけどやっぱり楽しい。


「へぇ、大学1年ってことは……姫乃は俺の1歳下なんだ?」

「ん」

 代行会社からシバには姫乃の情報はあまり伝えられてないと思う。1つか2つ年上がいいとか、優しい人とか。そんな希望を言ってたこと。


 だって、姫乃が年下だって知らなかったから。

 多分、シバが代行会社から伝えられてたのはあたしの年代と身長、容姿、服装くらいだと思う。そうじゃないと姫乃を見つけることはできない。代行会社の守秘義務がしっかりしてるって思った。


「恋人中にこんなこというのはあれだけど、俺に妹がいたらこんな感じかもなぁって思うよ」

「姫乃はおねえちゃんがいい」

「お姉ちゃん?」

 疑心の目でシバは身長を測ってくる。姫乃とシバと30センチくらいの差がある。

『その身長でお姉ちゃん?』なんてシバは言いたそう。


「その視線失礼」

「ははっ、ごめんね」

 でも分かってる。場を盛り上げるためにわざと失礼なことを言っていること。嫌味なんてないこと。

 姫乃のこの服装は……小さいサイズが主流。だから低身長で本当によかったって思う。高身長の女性に憧れはあるけど、姫乃は姫乃でいい。


 でも、不思議。シバは姫乃の気に触ることをなに一つ言わないから。

 人れ? 接し慣れ? デート慣れ? うまく言えないけどすごい。


 まだ会って10分くらいしか経っていないと思ったのに、もう30分が過ぎてる。

 姫乃が楽しんでいるから……充実してるからこんなに時間が経つのがはやい。


 彼氏がいたら……こんな感じなんだ。

 こんな感じ、そう言ったのならマイナスな響きだけど姫乃が言いたいのは違う。

 凄く……いいなって。


 亜美が『彼氏欲しい彼氏欲しい』って、うるさいくらいに言う理由がわかった気がする。


「今日はイオンのどこに行く予定?」

 シバが聞いてくる。

「タピオカ屋さん」 


 姫乃がイオンに行き先を変えた理由。

『和栗スムージー美味しかっダァッッ!』

 それは亜美からのメール。届いたのは1時間前。タピオカ屋が目的だった亜美はもうイオンを出たと思った。もう会わないと思った。

 だから1週間前からデート場所として決めてたイオンにした。


「タピオカ屋っていうとあの一階にあるとこだよね。お洒落な外装の」

「ん。最近、和栗が出たらしい」

「あぁ、確かスムージー系だったっけ? 秋限定の。なんか結構人気あるらしいけど……じゃあ今日はそれを買いにきたんだ?」

「ううん」

「え? 違うの?」

「姫乃は黒糖タピオカミルク」


 姫乃が一番好きな飲み物。和栗よりも黒糖がおいしいと思う。


「あはは。そっちを買うんだ……」

「買ったあと、近くの椅子に座っておしゃべりする」

「お、了解」


 姫乃はデートしたことがない。逆にシバは今までにたくさんの女の子と仕事でデートをしていると思う。

 だから姫乃とのデートは楽しくないと思う。退屈な時間かもしれないけど、仕事だからシバには我慢してもらう。

 どうせならシバには楽しんでほしいけど、まだ姫乃には経験値が足りないから我慢してもらう。


 そのかわり、おいしいタピオカを姫乃はご馳走することにする。



 ****



「……シバ、なんで自分で飲みもの買ったの」

 姫乃はタピオカ屋の近くにある椅子に座って、目の前にいるシバに不満を言う。

 シバは秋限定の和栗のスムージーを自分のお金で買ったから。姫乃がお金を出そうとしたら姫乃を手で止めて。


「シバはルールを破ってる」

 姫乃が依頼した代行会社はデート中に発生した費用はすべて依頼者側が負担するルールがある。

 だからシバはそのルールを破ってる。


「それは代行者次第でもあるんだよ。全部支払ってもらう人もいれば、自分の分は自分で買う人もいる。俺は後者ってわけ」

「変なの」

「悪い?」

「……」


 仲介料10,000円に、デートを3時間して7500円。デート費用がそこから重なる。一回の依頼で20,000円以上になる。

 正直、金額としては高くもあるから――

「悪くはない……けど」

「それなら良かった」

 シバは小さな笑みを見せる。

 

 ここが話の区切り。シバは和栗のスムージーを飲んだ。

「お、美味いな」

 ここのタピオカ屋さんは有名。おいしいのは間違いないはずだけど言い方がちょっとわざとらしい。でもこれは話の切り替えをしてるから。そんなシバの声を聞いて姫乃も続くように久しぶりのタピオカを飲む。


「ん、おいしい……」

 濃厚な牛乳に黒糖シロップが混ざってほんのりとした甘さ。黒糖の甘さがしみ込んだもちもちのタピオカ。

 いつも通りの味。ほんとうにおいしい。


「ふ」

 なぜか突然、意味深に笑い声を出すシバ。よく見ればどこか嬉しそう。


「姫乃の顔、なにかついてる?」

「あっごめん。そんな顔もするんだって思って」

「ん?」

「いや、姫乃が笑った顔初めて見たなぁって。そっちの方が似合ってるよ」

「〜〜っ!!」


 シバは気に触ることなんて言ってない。ただ、こんなところがずるいって思っただけ。少女漫画の主人公みたいなセリフをよく言えるなって逆に恥ずかしくなる。

 それでもご機嫌になってる姫乃がいる。……なんか、悔しかった。


「見ないで」

 真顔。冷淡。意識して言う。


「デートだからいいでしょ?」

「だめ。命令」

「命令!? そ、それは……従うしかない……のかぁ?」

 デートに慣れてない姫乃は、『命令』を使う。こんなこと言われたのは初めてだと思う。シバは困惑したように難しい顔をしてたから。


「シバ」

「どうした?」

「話が変わるけど、一つ聞いていい」

「なんでもどうぞ」


 おいしい飲みものを飲みながらゆっくり話すならここしかないって思った。ううん、褒められたから褒め返したかった。

 姫乃と一緒の気持ちになれ。なんてちょっとした願望をもって。


「この服を見て驚かなかったの、シバが初めて」

 姫乃なりに褒める。

 姫乃はフリフリとしたかわいい服が好き。だからこの服装をしてる。

 でも、やっぱり注目されるのも浮いているのもわかってる。


 シバはその視線を気にすることなく姫乃とデートしてくれる。なかなかこんな人はいない。『もっと普通の服を着ろ』だなんて、友達以外のみんな言うから。


「本音を言わせてもらうと驚いたは驚いたよ? そこまで凝ったファッションは初めて見たから」

「……そう、なの?」


 意外、それが姫乃が思ったこと。最初に会った時から驚いた様子はなかったから。


「でも、その服装が似合ってるって気持ちの方が強かったから態度に出なかったんだと思う」

「ほんと?」

「そうだけど? 姫乃も似合ってるって思うからその可愛い服を着てるわけでしょ?」

「そう……だよ」

 ……変な空気。思わず間を空けて言ってしまう。


 どうしてこんなに嬉しいんだろう……。

 男の人に『似合ってる』って言われたのは初めてだった。『似合ってる』って。今までにたくさん変な目で見られてきたのに。


 今、この今まで晴れ晴れした気持ちだった。でも、姫乃は余計なことわかっちゃった。


 デートで浮かれてた。忘れていた。

 この人は仕事をしているからそう言ってるだけだって……。姫乃を喜ばせるためにそう言ってるだけだって……。


「……」

 姫乃の好きなことを、趣味を仕事だからって理由で褒めてほしくはなかった。褒めてくれたのもお世辞だって受け取ればよかった。そうすれば落ち込まなかったから。


 切り替えなきゃ……。これだと自分勝手だから……。

 気落ちを紛らわすために大きなストローを口に加えて、タピオカを飲んだ瞬間だった。


「あ、誤解のないように仕事だからって理由で言ったわけじゃないからね? そこまで俺は器用じゃないからさ」

「っ! こほっごほっ!」

「だ、大丈夫!?」

「こほこほっ……。ん、大丈夫……こほっ」

 姫乃はむせた。だって、姫乃の気持ちを読んだように言ってきた……から。


「それなら良いんだけど」

「……」

 この人はなにもの……?

 素直にそう思う。ありえないのはわかってるけど、人の心の中が読めるんじゃないかって……錯覚してしまう。


「それで話を戻すけど、なんて言うか……俺は姫乃が羨ましいよ」

「え……?」

 シバは頬杖をついて姫乃を見てくる。

 どうして羨ましく思うんだろう……。姫乃にはシバの方がキラキラとしてる。

 コミュニケーション能力もあって、お友達もいっぱいいそうで。

 まだまだ知らないところ、良いところをたくさん見つけられるはずなのに。


「姫乃は趣味もあるし、好きなことをちゃんと表に出せてるでしょ?」

「ん」

「俺は姫乃と真逆だからさ。無趣味だし、好きなこともコレと言って思い浮かばない。しいて言うならお金を稼ぐことくらいだ」

「……そう、なの?」

「あぁ、だから趣味を表に出してる生き方は羨ましいし格好良いよ。外野からは何か言われてるかもしれないけどそんなこと気にするだけ無駄だと思う。『どんな趣味でも素晴らしくないものはない』って名言あるけど、本当にその通りだと思うしさ?」

「……シバ……」


 返事をしなきゃいけない。なにか反応をしなきゃいけない。それはわかってるけど口を開きたくなかった。唇を強く結ぶので精一杯だった。だって、もし口を開けたりしたら……変な顔になるから……。

 顔が緩むから……。


「あはは……ちょっと熱が入ったね。ごめん、ちょっとお手洗いに行ってくるよ」

 照れ笑いを浮かべたシバは、財布を机上に置いてそそくさとトイレに歩いていった。


「……」

 姫乃は一人、心を落ち着けるために黒糖タピオカミルクを飲もうとする。

 でも、口元が緩んでうまく飲めなかった。


「……ばか、シバ。姫乃を信頼しすぎ……」

 また帰ってくる。そう示すためにシバは財布を置いていったと思う。でも荷物を置いてるから持っていけばいいのに。姫乃がお金を抜いたらどうするんだろう。


 でも――

「それどころじゃないや……」

 姫乃は周りの目を気にすることも忘れ、耐えようにも耐え切れず笑みが口角に溢れる。


 今まででほんとに嬉しかった……。






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