第6話 デート③友達バレ

(なに言ってんだよ俺はぁあああ!!!!)

 手洗い場の前で両手をつき、叫びたい感情をどうにか抑える龍馬は羞恥に駆られていた。


 トイレに行ったのは尿意があったからではない。単に自分を落ち着かせたかっただけ。

 もし、あの場に居座っていれば確実にボロが出ていた。

 デートに慣れていない。女性を褒めることすら慣れていないそんな己が。


 そうなれば満足してもらうどころか、『なんだコイツ』なんて不満を抱くかもしれない。

 姫乃が満足できなかったと会社に報告すれば、姫乃は1万円の仲介料を支払わなくていい。その代わり、龍馬は今日稼いだデート代の半分を会社に振り込まなければならない。実質、こちらの利益は半分になる仕組みである。


 姉のカヤには頼ることはしたくない。そう決心しているからこそ稼ぎを得るためになら出来ることならなんでもする。


 褒めることに慣れていなくても勇気を振り絞って褒めるのだ。


『姫乃は趣味もあるし、好きなことをちゃんと表に出せてるでしょ?』


『俺は姫乃と真逆だからさ。無趣味だし、好きなこともコレと言って思い浮かばない。しいて言うならお金を稼ぐことくらいだ』


『あぁ、だから正直カッコいいよ。その生き方は。外野からは何か言われてるかもしれないけど、そんなこと気にする必要はないよ』


 だから褒めた。実際に、、、そう思ったから褒めた。でも――

(どんだけでしゃばってんだよ! カッコつけてんだよ! 無言になってたし絶対変なやつだって思われたって……!)


 用を足してはいないがとりあえず手を洗う龍馬。いや、何かの行動をしていなければこの状況に耐えられなかった。

 姫乃のことを格好いいと思ったのも事実。事実だからそう言っただけ。だが、


「俺のキャラじゃなかっただろ。どう考えても……ッ!」

 思わず声に出てしまう。トイレの中には誰もいない分、変人だと思う者はいない。 


 落ち着かない。もう姫乃と会いたくない。

 しかし、泣き言など言ってられない。“お金を稼ぐため”には気持ちを切り替えるしかないのだから。


「……はぁ。コーヒーでも買うか……」

 悶え悶えで和栗のスムージーを買っていることすら忘れている龍馬は尻ポケットから財布を出そうと――

「あれ、財布は……あ、置いてきたのか。はぁ……」

 買いたい時に限って買えない状況にため息を漏らし肩を落とす。


『姫乃を信頼しすぎ……』

 なんて姫乃が言っていたなんて予想もしていない。

 動揺してしまったが故に財布を置いてきただけなのだから。初対面の相手に貴重品を置いていけるほどお人好しな相手は、一度は不幸を見ることになるだろう。


(戻らないとな……)

 状況は特殊。初対面の相手とデートなのだ。

 長々とトイレをしていれば印象良くは映らない。

 龍馬はポケットからハンカチを取り出し、手を拭きながら姫乃の元に戻るのであった。


 戻り先に姫乃以外の人物がいるなど、予想することもなく……。



 ****



「ち、違う……から」

「ええー? これのどこが違うのかなぁ! 男性用の荷物あるしぃ!」

「姫乃っちやるじゃん!」

「だから……」


 龍馬が座っていた椅子付近に、三人の女の子がいた。

 一人はもちろん姫乃。……そして見知らぬ女の子が二人。

 何やら盛り上がった様子を見せている。


(友達……か?)

 なんて疑問を抱きつつ、龍馬はゆっくりと姫乃の元に戻っていく。


「あっ……」

 姫乃が小さく声を出し、龍馬と視線が絡み合った瞬間に石のように表情が固まる。『なんで今のタイミングで来るの……』なんて言いたげに。


「お! あの人かぁ!!」

「ウッソ……。ふっつうにタイプなんだけど……」

 そんな会話がされていることは声量的に聞こえない。龍馬は歩くペースを抑えることなく席前に着く。


「ど、どうも初めまして、龍馬です。えっと……姫乃のお友達ですかね……?」

「ですです、ウチは亜美って言います! この三人同じ大学に通ってましてー」

「あたしは風子でーす! あの、早速聞いちゃうんですけど龍馬君は姫乃っちとデート中なんですか!?」

「ッ!?」


 タタタッと龍馬の前まで接近する風子はニッコニコの笑顔で見つめてきた。


(風子って子、恋人代行のバイトしたら絶対ウケいいだろうな……)

 なんて勝手な想像を膨らます龍馬は平然を装う。いや、平然を装わなければならなかった。

 絶対にボロを出してはいけない事態がやってきたのだから。


「ははっ、まさかこんなところを姫乃の友達に見られるなんてね。お願いなんだけどみんなには黙っておいてほしいな?」

 先ほどからずっと黙って下を向いている姫乃の気持ちを汲み取って龍馬はお願いをする。口元に人差し指を当てて。


 本音を言えば、龍馬だってデートをしているところは誰にもバレたくない。

 これは仮の恋人であり、お金をもらってのデート。この話題を広められるのはお互いに困るのだ。


「ははぁ、なるほどねー。『彼氏がいらない』とか言ってた理由は、りょうまさんっていう男がいるからだったんだねぇ。ひめのちゃーん?」

「……う」

 ニヤニヤと姫乃をいじり倒している亜美。見ているだけでも物凄く楽しんでいる様子が伺える。


(とりあえず彼氏ってことは疑われてないようだな……)

 ふぅ、と一息つこうとした矢先に伏兵が突っ込んできた。


「あの、龍馬君! 姫乃っちとはどこで知り合ったんですか!? そこ教えてくださいなっ!」

「ぐ、ぐいぐい来るね……。嫌いなわけじゃないけど」

「おっ、評価高めじゃん!」

 残りの一人、風子。龍馬にとってラスボスである。この女の子をどうにかしなければ――今日のデート代は消えてしまう。絶対に上手く切り抜けなければならない。


「正直、タイプです!」

「え、え……!? お、俺……? で合ってるのかな……」

「はい!」

 少しドキッとする。冗談だとわかっていてもこんなグイグイと気持ちをぶつけてくる相手は初めてだったのだから。


「ふーこ。彼女持ちの男になに手を出そうとしてるのよ……。しかもひめのの彼氏だし。ふーこにも彼氏いるでしょ……」

「この際にWダブル二股なんていかがでしょうか!?」

「バカなこと言ってないで、りょうまさんも何か言ってあげてください」


 亜美がクッションになり助け舟を出してくれる。

 もし、ここに亜美がいなければボロが出ていた可能性は多いにあっただろう。


「ごめんね、俺は姫乃と付き合ってるからそんなことはできないよ」

 当たりさわりのない言い文句。これくらいしか返す言葉が思い浮かばなかったわけでもある。


「んー、つまり龍馬君は姫乃っちのこと好きってこと?」

「それは付き合ってるからね。姫乃のことは……だ、大好きだよ」

「シバ!」

『それ以上は言わなくていい!』

 なんて姫乃の声が飛ぶが龍馬には届いていてはいなかった。


「良かったねぇひめの。ふーこのおかげで気持ち聞けたじゃん?」

「〜〜っ……」 

 姫乃がどんなリアクションを取っているのかなんて見れるほどの余裕が龍馬にはない。今は全神経を風子に当てているのだから。


「もう一回!」

「だ、だから……大好きだって」

「はぁぁ……良い」

「良い?」

 照れ気味の龍馬に比べ、そんな言葉とともに温泉に浸かったような満足顔を見せる風子。


「りょうまさん。ふーこのことは無視していいよ。それ、タイプの男に『好き』って言われた体験してるだけだから」

「め、めちゃくちゃだね……」

『悲しくならないのか?』なんて風子のことを考えられるくらいには余裕ができる龍馬。

 偽のカップルだとバレる時の危機感よりも、風子というキャラのインパクトが一瞬だけ上回った瞬間だった。


「亜美、風子。……タピオカ買いにきたならもう行って。そのまま帰って」

 唐突に姫乃が声明を出す。ちょっと怒り気味で。

 正直、これには助けられた思いだ。


 風子の相手は見ての通り大変である。なんと言っても勢いがありすぎる。それでいてボロは出すことは許されない。早めに遠ざけてもらえることに越したことはない。


「そ、そうだねぇ。デートのお邪魔はできないし。……その代わりぃ、デートがどうだったかいろいろと教えてよね? ひめの?」

「……ん」

「仕方がないかぁ。姫乃っち、龍馬君に飽きたらいつでも教えてね!」

「教えない。飽きない」

「あはは……」


 最後まで相変わらずの風子は、亜美と一緒にタピオカ屋の行列に並んでいった。


「な、なかなかクセのある友達だね……」

 龍馬は席に腰を下ろしながら、苦笑を浮かべる。


「姫乃……会うと思わなかった」

 落ち込んでいる。そのオーラを感じるほどに。


「やっぱりこのタピオカ屋って人気なんだね。お友達も足を運ぶくらいに」

「ん。あの2人、2回目」

「え? 2回目……?」

「タピオカ、おかわりにきたんだって。少し前に飲んで」

「おかわり!? 一杯だけでも結構お腹にたまるのに……凄いな」


 甘いものは別腹と言われてるが、本当に実在するらしい。

 でなければ、短時間で二杯目を飲みにいこうと思わないだろう。


「……あのさ、いまさらなんだけど恋人だってお友達に嘘ついて大丈夫だった?」

「いい。彼氏できたらこんなふうにいじられる。体験したから」

「少しの間はいじられると思うけど、そこはごめんね」

「ん、シバの対応は間違ってない。大丈夫」

「それなら良かったよ」


 恋人の代行を姫乃は選んでいる。もしあの場で『友達です』なんて答えていたのなら雰囲気ぶち壊しだっただろう。


 姫乃は龍馬の対応に不満を抱いているわけではない。むしろ満足してくれているようだった。


「もういこ」

「ははっ、お友達がまたからかいにくるもんね」

 タピオカ屋の行列に並んでいる亜美と風子はどんどんと注文口に近づいている。

 もし目的のタピオカを買ったらこちらに戻ってくるかもしれないことは予想できる。――主に風子が。


 姫乃の指示に従い、龍馬は和栗スムージーを手に持って一緒に移動するのであった。







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