第103話 カヤと問い詰めと龍馬の思考
「お、おかえりカヤ姉」
「ただいま」
どこに行っていたのか、何をしていたのか。なんて散々問い詰められた昨日。
龍馬がやりにくそうに挨拶の言葉をかけるのも無理はない。そして、この段階で感じていた。カヤの雰囲気がピリついていることに。
「……今日はご飯いらなかったんだよね?」
「そう。メールでも伝えたけど居酒屋に行ってたから」
「……な、何を食べたの?」
「いろいろ。……それでリョウマ、昨日と同じで椅子に座ってくれる? 話があるから」
いつも仕事で持っていくバッグをソファーの上に置き、カヤはすぐにテーブルのある椅子に腰を下ろした。
会話を膨らませようと一切しない。それどころか本題に移ろうと促してくる。
当然にこんなことを言われて身構えないわけがない。
「も、もう少し後でもいい……? ちょっとまだ用事が——」
「——
「……はい」
わざと時間を作って心の準備をしようとするも、その狙いは一瞬で粉砕される。
強調してきたカヤに龍馬が抵抗できる術はない。昨日と同様に同じ椅子に座り、正面にいるカヤに顔を合わせた。
この構図は何度目なのか、呑気に考える余裕もない。
「……」
「……」
最初にやってきたのは静寂。
時計の秒針が刻む音、そして車が通る音だけが耳に届く。
「はぁ……」
「……っ」
深いため息を一回。そこから鋭い刺すような目つきに変えたカヤは言った。
「リョウマ、やっぱりあんた嘘ついてたね。恋人代行のバイトしてるんじゃん」
「……」
責め立てるような口調。断定したカヤの言い分に、今の迫力に負けて龍馬は口を開くこともできなかった。
「あんたはアタシの心配をなにも考えてくれなかったね。……どうして黙っていたのか。やめようとしないのか、その理由は分かってる。でも家のルールを破っていいわけじゃないよね。大学生にもなってソコを判断できないのならアタシが一から叩き直すけど」
「…………」
じわじわと圧が大きくなっているカヤ。怒りを押し殺して落ち着きを払っているのは龍馬が一番に理解していること。
「黙秘は通らないからね。アタシはもう全部知ってるから。なんなら明日にでもその会社に連絡することも出来るから。リョウマをやめさせるって」
「ッ、ちょっとそれはやめてって!」
辞めさせる。これを言われてだんまりを決め込める龍馬ではない。もうバレてしまっていると確信したからこその抵抗でもあった。
「龍馬に拒否権があると思う? バレたら辞めさせられるって分かってたから今まで黙ってたんだよね。家のルールを破ってるんだからアタシ間違ったこと言ってる? 答えて」
「……」
途端に深い沈黙がリビングを支配する。2分ほど経ったくらいだろうか。顔にしわを寄せながら龍馬は頭を下げた……。
「リョウマに認めさせようとか、認めさせないとかアタシにとってどうでもいいの。一番重要なことはあんたが家のルールを破って、アタシが忠告してたのにあのバイトを続けてたってことだけ。アタシ達のことを天国で見守ってる両親のことも考えてよ」
一瞬、顔に痛みが走ったような顔をするカヤ。人には言えないことであるのは本人が一番に感じていること。
「そ、それは……。うん。お、俺が全部悪いことはわかってる……。でも、カヤ姉……俺はこのバイト続けたいんだよ……」
お金を稼ぐことでカヤの負担も減らせている。このメリットがあるから引くに引けない状況がある。
「よくそんな口が言えるね」
「だ、だって人間関係のトラブルとか必ず起こるわけじゃない……から。俺は上手く立ち回ってる……。それでお金も稼げてる。悪いことは起こってないんだ」
「起こるんだよ。絶対に」
「だからわからないって——」
『ドン!』
「っ!!」
途端、鈍い音を響かせたカヤ。握り拳を作ってテーブルに打ち付けたのだ。その手は怒りに任せたように震えていた。
「絶対に、起こるのよ……」
「ど、どうしてそんなに断言できるのさ……。今のところは大丈夫なんだよ本当に」
「……今のところは、でしょ。長い目で見れてないんだよ。リョウマは」
「長い、目……?」
カヤと同じ運命を辿ろうとしている。その道を歩みつつある龍馬は知らない。
このバイトを続ければ続けるだけトラブルの発生に繋がることを。
「リョウマはお金を稼ぐためだけにこのバイトをしてる。でも依頼者は違うのよ。恋人が欲しい欲求があるから、異性と関わり合いたいからそのサービスを利用する」
「……そう、だね」
「その中で指名依頼ってのはツバつけてるようなもんなの。この代行者を恋人にしたいって」
「こ、恋人にしたいって……そんなのおかしいって。そんなのあり得ないよ」
「お金を稼ぐ、ただそれだけでバイトしてるリョウマがわかるはずないよね。依頼者を満足させなきゃって気持ちしかないだろうから」
「っ……」
カヤは数年前、龍馬を大学に進学させるため必死になってこのバイトをしていた。代行中の龍馬の思いを的確に当てるなんてのは簡単なことなのだ。
「もう一度言うよ。依頼者は恋人が欲しい欲求があるから、異性と関わり合いたいからそのサービスを利用するのよ。だから指名されるってことはどう言うことなのか、もう理解してくれる?」
鈍感な龍馬は否定の気持ちでいる……が、実際はカヤの言う通り。葉月の想いはもう龍馬に傾いてしまっているのだから。
「信じられないなんて顔してるけど、それが現実なの。そもそも
「……うん」
反論なんてする余地もなく、思いもつかない。龍馬はただ頷くだけだった。
「あのさぁ、リョウマに一つ答えてほしいんだけど」
「な、なに……?」
「リョウマはこの先、どう考えてるの。……指名してくれている女性達のことを」
「えっ?」
「さっきの話聞いてたでしょ。複数の指名依頼者がリョウマに想いを寄せていたらどう対応するのって聞いてるの」
龍馬を指名しているのは一人だけではない……と葉月から直接聞いたカヤ。だからこそ聞いておかなければならないことだった。
「リョウマはさ、好きになった相手から裏切られるその気持ちを一番に分かってるよね」
「う、うん……」
「だから指名してくれた依頼者全員がリョウマに想いを伝えて来たらどうするの? ——アタシはもしものことを聞いてるの」
『あり得ない』と言われる前に先手を打つカヤ。
「……そ、その時は断るよ。だって俺は
このバイトを真面目に取り組んでいるからこその理由。だが、龍馬がした回答は一番にトラブルが発生すること。
「はぁ……。もしリョウマがバイトを辞めたらその依頼者たちのことはどうするの? その理由で断ったとしてバイトを辞める寸前、もしくは辞めた後に再びそう言われたら?」
「……」
「長い目で見れてないんだよ、やっぱり。リョウマは断る理由を代行だからってことにしてる。じゃあ辞めた時にどうする? 『実は彼女がいた』とか逃げるために嘘を言うつもり? 代行をやめるまで散々待たせて、想いを寄せさせて。そんな理由じゃリョウマがされた裏切りと似たようなものになると思うけど」
「…………」
「お金で一時の人間関係を買う、買われた時点でリアルが無関係になるほど甘くはないの。そこを理解してなきゃ取り返しのつかないことになるよ」
おし黙る龍馬は光の見えない闇に吸い込まれたようだった。
もしものこと。もしものことに違いないが、そうなるのも時間の問題だと言わんばかりに説得力があった。
「アタシは前に警告したよね。でも、リョウマが守ってくれなかったら取り替えしのつかないところまで来た。だからリョウマがどう向き合うか、その答えが見つかったらもう好きにしていいんじゃない? もう個人のことじゃなくなったからアタシはどうしようも出来なくなったよ」
最後にカヤの口から出たのは自己判断に任せると言うもの。
「……リョウマ、ちょっとアタシは電話してくるから。ソコをしっかり考えなさい」
それだけを言ったカヤは椅子から立ち上がり、テーブルの上にあったスマホを持って外に出て行った。
その昔、お世話になったとある社長に電話を繋げにいったのだ。
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