第102話 花音と常連(イケメン)②

「やっぱりここの料理は美味しいね。毎日でも来たくなるよ」

「ありがとうございます。わたしは何もしていないんですけどね……あはは」

 注文品のオムライスを配膳した花音は案の定、タケルに捕まっていた。タケルが来た日にはいつものことでもあり、それでも鬱陶しさを感じさせることもなく花音は接客に励んでいた。


「いやぁ、花音ちゃんが配膳してくれるだけでもっと美味しくなるよ」

「そんな凄い力がわたしにあるんですかね……」

「女にお茶を入れるように頼むのだって美味しく感じるからとか言うしさ。花音ちゃん可愛いから男客は全員思ってるとことだって」

「お、お世辞をありがとうございます……」


 花音の接客は姫乃の時とは違う。

 ハキハキとした声で、満面の笑みを浮かべているわけじゃない。

 どこか引きつった顔で遠慮がちである。こういった客の扱いにはなかなか慣れていないのが現状なのだ。


「こんな花音ちゃんに彼氏がいないなんて信じられないなぁ。本当は居たりするでしょ?」

「い、いないですから」

「でも気になってる男はいるんだよね?」

「そうですね……」

「それってボクのことだったり?」


 人差し指で自身をさすタケルは、悪知恵が働いたようにやんちゃ顔を見せる。

 それが一番似合っている表情だとわかっているように。


「え、えっと……そ、それは……」

「ははっ! ごめんね困らせちゃって。花音ちゃんのそんな顔も見たくってさ」

「や、やめてくださいよお……」


 愛想笑いで楽しんでいると装う花音。一人一人の客を満足させようとしているのは良いことだが、八方美人だからこそ起こる問題もある。


「はぁ、羨ましいなー。花音ちゃんに想われてる男は」

「そんなことはないですよ。わたしのせいで喧嘩けんかしてしまいましたから……」

「へぇ」


 客に対し過去の恋愛事情を軽々しく教える花音ではない。だからこそあの複雑な事情を『喧嘩』の二文字で例えるが、それが間違っていた。

 タケルを踏み込ませる要因になったのだ。


「でも、花音ちゃんに歩み寄ろうとしないって、好きな人ちょっと冷たくないかな? ボクならそんなことしないんだよなぁ」

「そ、そうなんですね……」

「だから花音ちゃんさー、ボクに乗り換えることを少しは考えてみない?」

 スプーンですくったオムライスをパクリ。咀嚼しながら長い前髪を捻るタケル。


「の、乗り換えるってどう言う意味ですか……?」

「言葉通りの意味だよ。花音ちゃんが想ってる男と付き合えるって保証はないでしょ? その花音ちゃんのせい、、で喧嘩しちゃってるわけだし。なんかその様子だと結構激しいヤツだと思うし」

「そ、そうです……けど」

『ボクなら付き合える保証がある』と匂わせるように、さらに花音の心に揺さぶりをかけていく。


「だからこそ、ボクのことを視野に入れてくれてもいいんじゃないかなぁってさ。花音ちゃんの好きな男がどんなヤツなのかは知らないけど、今、別の女と会って愚痴をこぼしてる可能性だってあるでしょ? 花音ちゃんが頑張ってお金を稼いでいる中でさ」

「……」

「ボクならそんなことしないし、もし喧嘩したらちゃんと話し合いの場を設けたりするよ? もっと言えば花音ちゃんを楽しませる自信もあるし」

「それは良いこと……ですね」


 タケルの勢いに負けるように花音は一歩後ろに下がった。押しに弱いタイプであることは既にバレてしまっていること。


「だからさ、一ヶ月間お試しで付き合うってのもいいと思わない? お互いに付き合ってる人がいないわけだから特に問題はないわけだし」

「……」

「ね?」

「す、すみません。わたしは良いとは思いませんから……」

 だが、花音は押し負けることはなかった。武術を習っているおかげか芯の強さは一級品なのだ。


「そう? 花音ちゃんにとってもメリットが多いと思うよ? もしかしたら、花音ちゃんの好きな人は新しい女を好きになってるかもしれないし」

「……でも、今好きな人がいる状態で別の人と付き合うと言うのは失礼に当たります。やっぱり、そうわかってるのにしてしまうのはダメなことだと思うんです」

「そっか」

 

 発言全てに断言をしたい花音だが、タケルを不快にさせないための気遣いをしていた。

 誠実な花音だからこそ、目先のことではなく相手のことを一番に考える。花音は一度失敗を犯している。その時は反省を人一倍にした。二度目に繋がるようなことは避けられる力を付けている。


「なんか花音ちゃんらしいね。そんなところがみんなから好かれるのかな?」

「どうでしょうかね……あは」

 一方的な発言が止まり、花音もこれ以上は……と感じる個人の接客時間。


「そ、それではお仕事が残っているのでわたしは失礼しますねっ!」

「あっ、花音ちゃん!」

 一礼をして席から外れようとする花音にタケルは待ったをかけた。

「これ良かったら」

 正方形に折られた白紙しらがみを片手で渡される花音。


「なんですか……これは?」

「ボクの連絡先。教えてくれないならボクが教えちゃおうって思って」

「す、すみません。そういった物は受け取ることができないんです。では、失礼します」

「ちょ……!」

 もう一度頭を下げた花音は、タケルの声に目もくれずお盆を持って店主がいるカウンターの中に戻っていく。


「……マスター。す、すみません……。本当にすみません……」

「どうした?」

「あの……。ご、ご相談なんですが……ひ、日に日にタケルさんのアプローチが激しくなってます……」


 しゃがんで姿を隠す花音は眉尻を下げて助けを求めるように言う。


「カノンから見てどう思う、それは」

「す、少し怖いです……」

「……怖い、か。なんだかマズい方向に進んでるかもしれないな」

「えっ……」


 眉間にしわを寄せ、深く想像を働かせているように怖い表情を見せる店主。


「マスター……?」

「すまん。とりあえず今日のところは我慢して普段通りの接客をお願いできるかい? もしどうしても耐えられなくなったら戻ってくるように。……何か他に感じたことがあれば教えてほしい」

「わ、わかりました……」


 花音の仕事内容をいきなり替えることで変に刺激を与えないようにと、その指示を出す店主。長年営業を続けているからだろう、少し嫌な予感を働かせていた。


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