第104話 姫乃と亜美の促し
「ウチに彼氏が出来る日はやってくるのだろうか……? いや、やってくるはずである。だってこの世界には37億人の男がいるのだから」
一限が始まる前、ブツブツと独り言を垂れ流している姫乃の友達、亜美。
「……また言ってる」
「またってなに!?」
「まただから」
そんな亜美にジトっとした目で顔を合わせる姫乃は棒付きのキャンディーを真顔で舐めていた。
美味しいと思わせない虚無の顔でぺろぺろしているために少し怖ささえ感じるが、亜美には慣れた光景である。
「彼氏持ちだからって余裕ありまくりか。……リア充爆発しちゃえアホひめの」
「っ、もうお菓子あげない」
『アホ』これが姫乃にスイッチを入れさせる。
姫乃は机上に置いている複数のお菓子を、両手でかき集めショベルカーのように大きく
亜美に取られないにと行動に移した姫乃だが、両手が塞がってる今を突けば簡単にお菓子を奪えるだろう。
「お菓子もらわなくてもいいもーん。ウチも持ってるし! 濃厚ミルクキャンディーをねッ!」
そこで対抗するようにバックからそのキャンディーを取り出す亜美。途端、姫乃の目が輝いた。
「……ちょうだい」
「ち、ちょうだい? ねぇひめの……? 今手にすくってるお菓子見なさいよ」
「ん、見る」
「机にボトボト落ちてるのを含め何個ある?」
「いち、に、さん、し……」
「か、数えなくていいって! 見ただけで数十個あるから!」
亜美が言いたいのはそれだけお菓子を持ってるのに濃厚ミルクキャンディーも狙うのか! と言うこと。
「亜美、たべたい」
「ウチは食べられないからね! それにさぁ、ひめの……現在進行形で棒突きのアメ食べてるよね」
「……食べてない」
ギクっと思うところがあったのか、両手に持ったお菓子を全部机に落とした姫乃。
「いや、ガッツリ食べてるじゃん。どう考えても言い逃れできるはずないじゃん。ウチ目の前で見てるし」
「食べてるって言ったら、くれる?」
「……」
「それか、交換。クッキーとラムネとアメあげる」
姫乃は亜美を見ていない。亜美の手にある濃厚ミルクキャンディーを見続けている。ここまで狙う理由はただ一つ。
姫乃のお菓子ポーチに入っているのはクッキー、ラムネ、棒付きのフルーツキャンディーの三つ。ミルク味は今日持ってきてないのだ。
「ヨシ、もう一つ条件を飲んでくれたら——」
「——わかった」
「早いね!?」
言葉をかぶせながら即答する姫乃。
「……条件、なに」
そして、この条件を呑んだら濃厚ミルクキャンディーをもらえるわけだが内容が釣り合わなかった。
「りょうまさんをウチにちょーだい!」
「だめ」
龍馬は姫乃のお菓子欲求に勝っていた。これは買い物をして合計金額が777円になるくらいに凄いことである。
「拒否を拒否〜!」
「やだ」
「あら〜。嫉妬かなぁ。ちょっと目つきが怖いでちゅよ〜、ツンツン」
ニヤッニヤの亜美は姫乃を煽り倒す。赤ちゃん口調で大福のような柔らかい頰を爪で刺す。
「じゃあ、そのまま……おりゃああッ!」
「んっ!? んんんっ……っ!」
そして、姫乃が口に咥えているキャンディーの棒をもう片方の手で掴み、ハローキティ・ポップコーンを作る要領でぐりぐりと口内で搔き回していく。
「どうだ、どうだぁ!」
「んん! んんんっ……!」
珍しく険しくなる姫乃の顔。だが、棒付きキャンディーが姫乃の口から離れることはなかった。最後まで耐えたのだ。
「ヨシ、満足した! 約束通りあげる」
「……亜美がいじわるした」
「あはは、ごめんごめん」
むすっとしながら濃厚ミルクキャンディー受け取る姫乃は大事そうにお菓子ポーチに入れる。
ここから姫乃は意地悪の仕返しを企む。
「亜美には美味しい喫茶店、教えない」
「えっ!? ひめの喫茶とか行ってるの!? めっちゃお洒落じゃん!」
「オシャレ……?」
「あんなところって入りづらくない? ウチがそうなんだけど」
「ん、入りづらい」
「だよねー! 居心地は良いんだろうけど、入るまでがなぁ」
「わかる」
本当の意地悪をするなら喫茶店を教えない
甘い反撃になっているがそれが姫乃らしいところだろう。
「姫乃は一人で行ったの?」
「ん、パンケーキ食べに行ったの」
「パンケーキ!? あのめっちゃふわふわしたやつ!?」
「そう。フルーツと生クリーム乗ってた」
「考えなくても美味しいって分かるやつじゃん! 値段は!?」
「1300円だった」
「うー。やっぱりそのぐらいかぁ……。高いなぁ……」
「でも、美味しかった。……また行きたくなった」
「この話をして?」
「ん」
薄くなったキャンディーをバリッと噛んだ姫乃。あの味を思い出して思わず力が入ったのだ。
「でもごめんー! ウチ今日から4連勤のバイト入ってるんだよね……」
「残念……」
喫茶店の場所を教えない! から始まった話題であるが最終的には一緒に行く流れになっているのが友達らしいところでもある。
「あっ、ならりょうまさんと一緒に行けばいいんじゃない!? まだ一緒には行ってないんでしょ?」
「ん、行ってない」
「なら行きなよっ! 雰囲気いいお店とか、美味しいお店紹介できたら『お、やるじゃん!』とかで評価上がるって!」
「そう……?」
「当たり前じゃん! 『俺のためにこんな場所探してくれたんだな』って嬉しがると思うよ!」
ここで龍馬に矛先が向くなど姫乃も想像していなかったこと。しかし、良いことを聞けたことには違いなかった。
恋人の関係になくとも亜美の言ったことは変わらないのだから。
「シバと……行こうかな」
「店内でイチャイチャしちゃダメだからねぇ〜? キスとかキスとかちゅっちゅとか」
「言い方変えても、一緒……」
さりげなく視線を変えた姫乃は少し顔を赤くする。そんなことを想像すると言うのはやはり恥ずかしいものだ。
「二人ってさ結構進んでるよね、絶対」
「進んでる……?」
「エッチなこともうやっちゃってるでしょ!」
「っ!? 姫乃そんなことしない……っ」
姫乃は嘘は言っていない。二人でシているわけじゃないのだから。
「えぇ〜、ホントかなぁ〜? なんだかんだで姫乃から誘ってそうな気がするけどなぁ」
「姫乃はそんなこと、しない……。えっちなこと、しない……」
「えぇ〜? 姫乃ムッツリっぽいしぃ」
「ムッツリなんかじゃない……っ」
攻めれば攻めるだけ赤面させていく姫乃。表情を変えることなく、色だけを変化させていく姿はカメレオンのようだ。
相変わらず姫乃をからかって楽しんでいた亜美であった。
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