第105話 姫乃が頑張る

 これは3限目終わりのことである。

『ごめん、今日はちょっと』

『何か用事あった?』

『用事って言う用事はないんだけど、いろいろと考え事があってね……』

 それが昼休憩に姫乃が送った『シバ、放課後会える?』に対する返信の続きだった。


「大丈夫……かな」

 休み時間、そのスマホ画面を見つめる姫乃。お菓子を食べている手も止まっている。

 一人で考えたい。なんて龍馬の意図を汲み取っているからこそ心配の声が漏れ——耳に入れる者がいた。


「お? そんなスマホ見つめちゃってどうしたのさ。『大丈夫かな』とかも言って」

「……亜美」

 大学の教室。隣席に座っている亜美はすぐに気づいた。友達として言うことはもう決まっているようなもの。


「今なら相談に乗れるけどなぁ。もちろん無理に言ったりはしないけどさ?」

「ん」

「さて、どうする?」

「……」

 姫乃は熟考するように口を閉じ、無言のまま亜美に視線を送り続ける。

 まるでテレパシーで話しかけているように。


「そ、そんなに見つめられると抱きしめたくなるんだけど……。ギュってしていい?」

「……亜美。一つ聞きたいことある」

「ウチの軽口は無視か!? まぁ別に良いんだけど……それで聞きたいことって言うのは?」

「えっと……姫乃が、一人で考え事したい。言ったら亜美はどうする?」


 姫乃は龍馬のことを思い、亜美に問う。断られたことは初めてだったのだ。

 しかも考え事をしたいという理由で。

 心配の気持ちはそう変えられるものではなかった。


「『一人で考え事したい』って相談なんだよね……? 遠回しに一人にさせろって言ってるわけじゃないよね?」

「ん」

「なら良かった」


 付き合っているわけではないからこその例えだが、確かに紛らわしいことである。姫乃の頷きを見てホッとさせた亜美はすぐに気持ちを切り替えた。


「一人で考え事をしたい……ねぇ。深刻な悩みがある時に使う常套句だよね、それ」

「……亜美は、どうする?」

「しゃしゃり出てきてこれを言うのはなんだけど……自分勝手なウチだから一回は絶対ジャブ入れに行くよ。それはもー鵜呑みにはしないって考えだから」

「そう、なの?」


 小首を傾げる姫乃。ちゃんとした理由がなければ納得することはできない。疑問を浮かべることで続きを促したのだ。


「だって悩みって一人で解決できないじゃん? あ、断言するのは違うから大半、、の悩みに変更で」

「ん、そう」

「だからさ、一人で全部抱え込んじゃうタイプには、そんな姫乃には声をかけに行くよ。……これも言っとくけど怒られるってのを覚悟でさ」

「怒られる……?」

「それはそうだよ。勝手に善意を押し付けてるわけだし、相手は『一人で考え事をしたい』って言ってるのを無視するわけだから。踏み込みすぎは良くないって言うけどアレはホント間違いないし」


 何食わぬ顔で言う亜美だが、その件で過去に失敗したことがあるようなニュアンスで。それでも表情は相も変わらずの亜美である。


「だからさ、相手に怒られても折れたりしたらダメだからね。いつも通りに振る舞うべし! もしこっち側が傷付いたら相手側は今ある悩みと相手を怒ってしまった悩みを抱えちゃうでしょ? そうなったら本末転倒だしね」


 そして、過去の反省を生かしたような回答を姫乃に渡した。


「まぁ……怖いんだけどね! 相手のことを心配してるとはいえ全部が全部自分勝手に動くわけだから。『ウザ!』とか思われることもあるだろうし」

「……」

「でもね、一人で〜って言う時こそ隣にいるだけで全然違うんだってさ。何も話さなくても一緒にいるだけで。これはウチの友達からお礼言われたことだから間違ってないって信じたいな」


 普段からはっちゃけが多く、落ち着きがない亜美だがこんな時は違う。

 からかうこともなく、親身になって話をする。姫乃とは同い年だがお姉さんのような役割を果たしていた。


「まぁいろいろ言ったけど、今日はひめのに運が向いてる日だから大丈夫! 怒られルートは回避確定ってね」

「ど、どうして?」

「ちょっと前に天気予報確認したんだけど、朝と結構変わってるからさ。あと一時間後には降水確率80%。これがどう言う意味か分かるかい?」

『ふるふる』


 この相談と雨の関係性をすぐに理解できる者は少ないだろう。姫乃は首を左右に振る。


「ひめのは毎日折り畳み傘持ってきてるでしょ?」

「ん、ある」

「だからこそできることなんだけど、もしりょうまさんが傘を持ってきてなければ入れてあげればいいじゃん? もしりょうまさんが傘持ってきてたら姫乃は傘を持ってきてないフリをする」

「っ!」

「これで自然に一緒にいられるし、向こうに喋る余裕なさそうなら、寄りそうだけでいいんだから」

「ひ、姫乃一言もシバとは言ってない……っ」


 確かに姫乃は龍馬のことを一度も口に出したりしていない。

『えっと……姫乃が、一人で考え事したい。言ったら亜美はどうする?』

 その濁した相談だったが、亜美には看破されていた。


「分っかりやすいんだよねぇ。お菓子モンスターひめのがクッキー食べてた手とモグモグが止まって。そんなことをさせられる相手ってだいちゅきな人しかいないだろうし」

「っ!?」


 最近の姫乃は龍馬の話題にだけ敏感に反応する。あの無表情がこんなツッコミを入れた時にだけ崩れかけてきている。


「大事な人なんでしょ? ひめのにとって」

「……ん」

「じゃあ頑張るんだよ、ひめのが」

「……頑張る」


 柔らかそうな頰を桜色に染める姫乃は、コクリと頷くのであった。














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