第26話 愛羅とイヨンとにぎにぎと

 バイキングレストランを出た龍馬と愛羅は真正面に建つイオンに訪れていた。

『次、イオン』と唐突に愛羅が言ったことで。


 休日ともあり店内は家族連れやカップルで賑わっている。

 人口密度もかなりのもので、友達同士が迷子になってもおかしくないほどだ。

 前にいる熱々カップルの歩行速度に合わせながら二人は目的もなく歩いていた。


「誰かさんのせいでデザート食べられなかった……」

「わ、悪かったって……」

「ソフトクリーム2つ、杏仁豆腐、ショートケーキ、スイートポテト食べるつもりだったのにさ」


 愛羅がトイレから戻ってきたのは残り30分を切った頃。

 まだ残っていた大量の料理を時間内に完食したと同時に、終了時間の100分が過ぎてしまったのだ。

 結果、愛羅はデザートを食べることができずこうして拗ねているわけだが……取ってきた料理を残してデザートに移るという選択を選ばなかったのは本当に偉いこと。

『もったいないことはしない主義』と言った愛羅はしっかりと行動で示したのだ。


「って、やっぱりまだお腹に入るのか……」

「当たり前じゃん……。だからデザートの責任取ってよ……お兄ちゃん」

「そ、それは……今言った物を全部奢れと?」

「お兄ちゃんがあんなこと言うからトイレ行くしかなかったんだし……。それで時間ロスしたんだし……」


 龍馬は追求したかった。『あんなことを言うから』その“あんなこと”の詳細を。

 一体なにが愛羅の気に障ったのか……未だ謎に包まれたままである。

 しかし、今はそのツッコミを入れられる雰囲気ではない。


「せ、せめて今言った物の一つを減らすとか……できないか?」

 言っていなかったがバイキング代は全部龍馬の奢りである。

 もちろんこれは愛羅が無理強いしたわけでなく、『兄の立場なら奢るもんだよな』なんて龍馬が自己完結をしたからだ。


(べ、別に機嫌と取り戻して欲しかったから奢ったわけじゃないんだからねっ……て、こんなふざけてる場合じゃないだろ俺……!)

 愛羅が不機嫌になっている理由が分からずじまい。龍馬は変なテンションになりつつあった。


 奢ったことに関して不満も後悔もしていない龍馬だが、この要求に対しては少しだけ譲歩してほしかったのだ。今日だけでもう4000円も使っている。

 これだけの大金を使った後はやはり財布のチャックがキツくなるものだ。


「一つで、いいからさ……」

「ヤダ」

「どうしても……か?」

「ヤダ」

「本当にどうしても?」

「ん」

「……」

 龍馬、完敗である。

 愛羅の機嫌を損ねないよう見定めながら粘ったが、“ここは譲れない”という意志が垣間見えた。もう諦めるしかなかったのだ。


「わ、分かったよ……。それを奢るから許してくれ」

「……約束、だかんね……」

「ああ、約束だ」

 少し前にもしたようなやり取り……。どうにも手のひらで動かされているような気がしている龍馬。

 そんな愛羅は先ほどからずっと顔に赤みが差している。それを隠すようにマフラーで顔の下半分を覆っている。

 マフラーで顔を隠していても愛羅の整った容姿は隠し切れていない。先ほどから視線をかなり浴びている。


「……お、お兄ちゃん」

「……どうした?」

「さっきは……ごめん」

「俺は気にしてなんかないぞ」

 視線に晒されているなんて気にしていない愛羅は気持ちの切り替えは本当に早い。すかさずフォローを入れる龍馬だったが、ここで予想外のことが起きる。


「だ、だからさ……。コレ、仲直りのしるし……」

 なんて言う愛羅が差し出してきたのは、黒のネイルを施した傷一つない綺麗な手。


「繋ご」

「……は?」

 片手でマフラーを鼻上まで上げ、視線を逸らしながら手をさらに近づけてくる愛羅。


(嘘だろこれ……)

 龍馬の脳裏では警報が鳴っていた。

 このイオン内で、愛羅と手を繋いでいるところを知り合いに見られたら……特に姫乃の友達、亜美と風子に見られたのなら……ヤバイぞ、と。

 そして、『仲直りの印』を断ってもヤバイぞ、と。


 龍馬に逃げ道は間違いなく無い……。なかったらこそ、今の現状で一番愛羅が喜ぶ行動を取るしかなかった。


「……この展開を狙ってたなら許さんぞ」

「どーだろね?」

 冗談口調の愛羅にため息を一つ吐いた龍馬は、愛羅の手をしっかり握った。

 少しだけひんやりとしたきめ細やかな肌。強い力を入れたのなら壊れてしまいそうな……そんな細い手先。


「おっ、おっきいん、だね……。お兄ちゃんの手ってさ……」

「男はこんなもんだろ」

「あと……ゴツゴツしすぎ。ちょっと気持ち悪いかも」

「それ大半の男を敵に回すぞ」

 愛羅と手を繋いだのは今日が初めてであり、バイキングに行く前、腕を組んだのも初めてなのだ。


「……ってか、お兄ちゃんオンナと手繋ぐの慣れてるっしょ。ちょっとモヤってするんだけど」

「慣れてるはずないだろ」

 その言葉に嘘はない。

 ここまで冷静に立ち回れている“風”なのは恋人代行のおかげである。

 姫乃と手を繋いだ時のように演技をしているだけ。


 だが、ここで慣れていなさを出すわけにはいかないのだ。

 龍馬は愛羅の年上。手を繋いだだけでおどおどするのは恥ずかしいのである。


「……じゃあお兄ちゃん。このマフラーアーシにちょうだい」

「いきなりすぎだろ……。ってか『じゃあ』ってなんだよ。手を繋いだらマフラーがもらえるとでも思ったのか?」

「マ、ちょっとだけ。色仕掛け的な?」

 繋がれた手が歩くたび振り子のように揺れる。嬉しそうにしている愛羅が力を加えているのだ。

 照明に当てられた黒のネイルが愛羅の感情を示しているように明るく光る。


「残念だが、そのマフラーはどんだけお金を積まれてもあげられるもんじゃない。色仕掛けなんかで渡すこともない。諦めてくれ」

「それは絶対ウソ。色仕掛けは効かないとしてもお金には効くっしょ。お兄ちゃんがめついし」

「言っただろ? そのマフラーは姉からのプレゼントだって。俺のために選んでくれた物は絶対にあげられない。友達でもそう、こっちの気持ちを考えてくれた物ならどんな額にも勝るもんなんだよ」

 子どもが親に書いた感謝の手紙。たったそれだけでも、相手のことを想って書き記したものなら一生の宝物になる。

 その手紙の値段価値はゼロだが、手紙をもらった側は値段をつけられないくらいのプレゼントにもなる。


「じゃあ、億出されても断る?」

「……いや億出されたら俺は手が出るな」

「ハァ!? もうそれサイッテーじゃん! イイ話が台無しだっての……」

「まぁ、そんなわけで億出さないとそのマフラーは渡せない」

「……そ。らしいってね」

「らしい?」

「ううん、なんでもなーい」

 愛羅はふっと顔を背けクスっとした顔を独りでに浮かべていた。


(いつもの軽口、ホンットお兄ちゃんらしい……)

 贈り物のマフラー1つ、しかも一般人のマフラーに億単位の値は絶対につかない。その大金に手が出るはずもない。龍馬はそれを見越してあんな口を叩いたのだろうと愛羅は分かっていた。


 結局、あげるつもりはさらさらないと言うこと。


「じゃあアーシの家に着くまでは巻いててい?」

「ああ、そのくらいならな。だがちゃんと返せよ」

「分かってる。あんがと、お兄ちゃん」


 売られているマフラーではなく、このマフラーが欲しい。どうしても欲しかったが、愛羅は我慢した。我慢することができた。

『こっちの気持ちを考えてくれたんならどんな額にも勝るもんなんだよ』

 龍馬が言ったこの言葉に共感を受けたのだから。


「ね、お兄ちゃん。さっきデザート奢ってもらうって約束したじゃん?」

「あぁ、そうだな」

「それ、やっぱ変更してい? アーシ、別のものお兄ちゃんに買ってほしい」

「……デザートより高くなるようなら考えさせてくれ」

「じゃ、大丈夫。その半分くらいだから」

「それなら分かった」


 そうして、愛羅は龍馬と手を繋ぎながらその場所に足向きを変えた。

 目的地に着くまで、力の強弱を使ってにぎにぎと龍馬の手の感触を確かめ続けていた愛羅だった。

 バイキングと同じ、両耳を赤くさせて……。








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