第27話 side愛羅③募りの想い

「じゃこの中から1つ選んでよ。アーシのやつ」

 アーシがお兄ちゃんの手を引いてきた場所。そこは——

「おいおい、ガチャガチャって……」

「なんで引いてんの? ガチャポンナメんなし」

 ガチャガチャの林っていうお店。

 林のように、迷路のように、フロアいっぱいに積みあげられたカプセルトイマシンが置いてある。

 ここでしか見られないラインナップもあるガチャガチャの専門店。


「あのな、これを買うぐらいなら俺は愛羅に防寒具を買う。そこまで俺は貧乏ってなわけじゃないんだ」

「ふーん。そんなこと言っていいんだ? マフラーなら4000円くらいするけど」

 この時はまだ意味分かんなかった。がめついお兄ちゃんが自分の口で高いモノを買うって言ったから。

 失礼だけど頭でもぶつけたんかなって。


「愛羅、お前は年下なんだ。遠慮をするのは大事なことだが、遠慮しすぎるのはよくない」

「あー、そう言うコトね」

 その言い分でようやく繋がった。


「アーシは遠慮なんてしてないって」

「いや、どう考えても金額のこと考えてココ選んでるだろ?」

「ホントマジ違う! そもそもアーシはお兄ちゃんと150Kで契約してるんだよ? 遠慮したら損するだけじゃん」

「そ、それはそうだが……なんでガチャガチャって安価な物を選んだんだよ。……正直、俺に“契約”って言葉を出せばそれなりの物を買ってもらえることは分かってるんだろ? 賢い愛羅がそこに気づいてないはずがない」

「それアーシに言っちゃう? バカじゃん」


 ホントお兄ちゃんは……ううん、この時はセンパイの方がいっか。

 センパイはマジもんのバカ。……お人好し過ぎのバカ。

 だって今のは絶対言っちゃダメでしょ。アーシにたかられても文句言えなくなるんだよ? 自分から不利な状況にするって完全なドMじゃん。


「この穴に気づいてないなら、今目の前にいる愛羅は本物の愛羅じゃない」

「哲学かっての……。マ、そりゃ分かってるけどさ」

「だろ? だからあえて安価な物を選んだ理由を知りたい。遠慮してるって理由しか見つからないんだよ。こっちは」

「……」

 お金使いたくないはずなのに、アーシが遠慮したら『それは間違ってる』って感じでお金を使おうとする。


 アーシの本心をぜんっぜん理解してないのに、そんな言動してくるからアーシは弱っちゃうんだよね……。

 アーシはお兄ちゃんにたかることなんてできないから……。こんな関係になってくれたセンパイにはホント感謝してるからさ。


 あの特殊な契約を結んだ後も態度も変えないでホント優しすぎだし、センパイ……。こんな人、探してもなかなか見つかんないって……。


 あーあ、落ち着いてきたのにまたドキドキしてきたじゃん。


「ほら、遠慮してないってならその理由を教えてくれ」

「……アーシはお兄ちゃんの言ったことに賛成だったから」

「俺が言ったこと?」

「『こっちの気持ちを考えてくれた物ならどんな額にも勝るもんなんだよ』ってヤツ」

「おい……。恥ずかしいからそのセリフを復唱しないでくれ」

「お兄ちゃんが言えって言ったんじゃん! それになーんにも恥ずかしいことはないって」


 お兄ちゃんの恥ずかしいの基準が分からない。堂々としてればいいと思う。だってさ、お兄ちゃんは贈り物をちゃんと大切にしてるってことでしょ? そんな人ならプレゼントのしがいもあるし、ちょっと、ちょっとだけカッコいいなって思ったし……。


「ってか、今手を繋いでる方が恥ずかしいっしょ」

「愛羅は恥ずかしくなさそうだがな」

「マーね」

 こんな時はお兄ちゃんが鈍感で良かったって思う。

 恥ずかしくないわけないし、なんか手を繋いだ時から顔にずっと熱がこもってるし……。今ふつーに赤くなってると思う。

 赤くなってなかったらこの症状はなんなのか病気疑うっての……。


「で、話戻すけど……『こっちの気持ちを考えてくれた物ならどんな額にも勝る』ってことで、ガチャポンにしたわけ。こんなたくさんあるガチャポンの中で、お兄ちゃんはアーシのためにどんなモノを選んでくれるのかをさ?」

「なるほど……な」

「ってなわけでそのガチャポンを選んだんだよね。それが、『こっちの気持ちを考えてくれた物ならどんな額にも勝る』ってことだし」

「もー分かったからそのセリフは言わないでくれ……」

「照れてるお兄ちゃんもなかなかいいねー?」

「何が良いんだよ!」


 追求したことでさらにお兄ちゃん照れてる。……マ、これが狙いだったしね。

 今はアーシに気を向けて欲しくなかったから。これ以上赤くなったらマフラーじゃ隠しきれないっての……。お兄ちゃんにバレるっての……。


「じゃ、アーシは外で待ってよーっと!」

 一旦距離を置くためにアーシがお兄ちゃんの手を離そうとした瞬間、

「いや、一緒に見て回ってもらう」

「っっ!? ハァ!?」

 ギュッって手に力入れられたって! 大きな声上げちゃったじゃん!!


「一緒に見て回らないと勿体ないだろ? 俺をここに連れてきたってことは多少なりに興味があるってことだろうし」

「……そ、そだけど……」

 アーシはそれどころじゃないってのぉ……。もうヤダってこれ。

 いきなり力入れられたらさ、もうダメなんだって……。


「あ、愛羅? 顔……どうした? 赤いぞ」

「セクハラされたからだし!」

「どこが!?」

「手!」

「手ぇ!? いやなんでっ!?」

 びっくりとしたお兄ちゃん。そこでようやく手が離れた。


 もう手もめっちゃ熱くなってるしもう体全部熱いし……。なんでアーシこんなドキドキしてんのさ。前と……違うんだけど。もうわけ分かんない。


「じゃ、外で待ってるから選び終わったら呼びきて!」

 あとは全部お兄ちゃんに任せてアーシはガチャガチャの林から飛び出した。

 だって、あのまま居たら絶対ヤバかったから。手を繋ぎっぱなしだったらヤバかったから。


 お兄ちゃんがあと何分で、何十分で選び終わるのかは分からない。

 でも、落ち着く時間はじゅーぶんに取れる。


 いきなり力入れてくるとか反則だし、バカ……。



 ****



 やっと落ち着けた20分後。

「いちお聞いとくけど……ふざけてる?」

「いやガチだが……」


 お兄ちゃんに呼ばれてガチャガチャの林に戻るアーシ。その指さす先にあったのは——手のひらサイズの巨大さ、リアルさで有名になった一回500円のだんごむしガチャだった。


「あのさ、それガチャポンの中で値段高いやつ選んだだけっしょ」

「確かに値段的にはそうなるかもだが……。も、もしかしてダンゴムシ嫌いだったか?」

「別に好きでも嫌いでもないけどさ……、どうしてコレ選んだわけ!? だんごむし貶すわけじゃないけどもっといいヤツあるはずだし! なんでアーシのこと考えて選んだガチャポンがだんごむしになるし!!」


 何度も言うけど、アーシのこと考えて選んだガチャがだんごむしだよだんごむし! アーシの反応間違ってないっしょ!

 勝手だけどもうちょっといいの選んでくれるって想像してたし……。


「理由聞かせてマジ!」

「り、理由は2つあってだな……」

「早く言って」

「まずギャルとダンゴムシのビジュアルはインパクトが凄いと思わないか? みんなを笑顔に出来ると思う」 

「……ハ?」

「いや、ギャルとダンゴムシって構図はなかなか面白いかなって思ったんだが……」

「やっぱふざけてんよね」

「ふざけてないって」

「ウソばっかり」


 冷たい声色になるのが分かる。

 不満が表に出るのはアーシがオトナになりきれてないからだけど、ココでふざけたりすんのは違くない? だってアーシのことを考えて選んだヤツだよ? 


「アーシのために選んでって言ったのに、ビジュアルとか面白さ追求してどーすんの? おかしいでしょ」

『こっちの気持ちを考えてくれた物ならどんな額にも勝るもんなんだよ』ってお兄ちゃんが言ったんじゃん。

 それがこんな理由だったら、こう言われたら怒りたくもなるっての……。勝手だけど期待値からの落差がすっごいし。


「もういい、あと一つの理由はなに」

 最初であんな理由なら、次はもう期待なんてできないし、しない。もう呆れた。

 でも、いちおーはアーシのことを考えて選んでくれたから聞かないと筋は通らないし仕方なく。


「……えっと、愛羅言ってただろ? 寂しいって。家じゃいつも1人だって。だからガチャガチャの中で一番存在感のあるものをって選んだんだよ。一応は贈り物って扱いになるから、今日のこと思い出したりとかで少しは楽になれるかなって思って」

「……」

「それにさ、このダンゴムシを家に置いたり、愛羅のキャラなら学校で眺めたりしてても大丈夫だろうし。そうなれば愛羅の両親とか友達とかに『なにそれ』ってツッコミが入ると思う。そうなれば会話の話題も量も増えてほんの少しは寂しさを紛らわせられるんじゃないかって」

「ぇ……」


 センパイがなにを言いたいか、もう分かっちゃった……。

 だからこの時、アーシの怒りは完全に消えてた。むしろ消えないはず……ないじゃん。


「明るい雰囲気でツッコミを入れてくれるには、そこから楽しく会話するには、ツッコミを入れる面白さとインパクトってのも大事だなって考えた。愛羅とこんな関係になったからには今の状況を少しでも改善したい。だからこれにした」

「……そ」


 こんなの——卑怯すぎだって……。

 その理由を最後に持ってくるとかズルイし……。

 ふざけてるとか、そんなんじゃなかった。センパイはアーシのこと本気で考えてくれてんじゃん……。


 もう……逆に怒りたくなる。さっきまでのアーシを……。


「でもごめんな愛羅。俺にデリカシーがなかったよ。どんな理由であれ贈り物にダンゴムシはないよな……。本当にごめん」

 センパイは唇を噛みながら謝ってきた……。人目があるから小さく頭を下げて、罪悪感を滲ませて……。

 でも、違う。センパイは何も謝ることない。センパイは一番嬉しいコト考えてくれてた……。悪いのは全部アーシ……。


「いい……し」

「え?」

「アーシ、コレが……いい……」

 なんだろ……声が震えてる。なんでか……視界が歪んでる。なんか……頰に垂れてきたって。


「お、おい愛羅!? 泣くなって!? そ、そこまで無理することないからさっ! 本当ごめん! ダンゴムシは嫌だったよな!」

「泣いてなんか、ないし……っ」

 こんな顔、見られたくない……。アーシはセンパイのマフラーで涙を隠す。

 汚いって思われてもいい……。やばい、どうしよ、涙止まらないって……。


「と、とりあえず……。ど、どうしよ。え、えっと隅に移動しよう……」

「……ぅん」

 センパイはそこでアーシを隠してくれた……。周りの視線を遮ってくれた……。胸元、貸してくれた……。


 こんなの、ダメだって……。アーシのこと、こんなに考えてくれるってダメだって……。


 ——好きに、なっちゃうじゃん……。


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