第28話 自宅前の愛羅と

 時刻は22時20分。

 龍馬は愛羅のわがままによって家まで送らされ——愛羅の自宅の前に着いていた。

 自然石の張材塀で囲まれた大きな一軒家。入り口にはシャッターゲートがあり見ただけで裕福層と分かる。


「今日はホントにあんがと……お兄ちゃん」

「言葉だけじゃ足りないんだが。たった半日で1万も使わせやがって……」

「アーシ何も悪いことしてないじゃん」

 愛羅はシャッターゲートに背を向け、自宅からのライトに照らされながら龍馬と話していた。

 別れの惜しみを感じさせないように、いつもの顔を装って。


「回転寿司で皿40個も重ねるのはどう考えてもあくだろ。150円の皿を取ってなかったにしても税抜きで4000円越してるんだからな?」

「アーシが質より量のタイプで良かったじゃん。マ、200円のデザートを5皿行ったから5000円、5Kになるけど。ホントいっぱい食べるって理解者がいてくれると楽!」

「それでも食べすぎだろ……。なんで安さがウリの回転寿司で5000円を越すんだよ……。店員さんもびっくりしてたし」


 昼にバイキングレストラン。夜には回転寿司と外食ざんまい、遊びざんまいの今日。

 愛羅の出費はゼロ。全部龍馬持ちだった。


「ってか、どうしてお兄ちゃんはお寿司奢ってくれたの? アーシふつーに払う気だったんだけど」

「カッコ悪いだろ。昼奢って夜奢らないのは」

「なにそのプライド。そんなのアーシ気にしないって」

「俺が気にする」

「思ったんだけどそんなプライド持ってるから貯まるお金も貯まらないんじゃん? 奢らなきゃ5Kも浮いてたのにさ」

「そんなことは分かってる」


 お金を貯めるために、出してもらうところは出してもらった方が良いなんてことは小学生でも分かるだろう。

 ただ、龍馬は後輩に奢ってもらうことが嫌なのだ。そこだけは男として引けないラインであった。


「じゃあなんで捨てないの?」

「簡単に捨てられるプライドならもう捨ててる」

「ふーん。マ、今日の分はアーシが色々と返す予定でいるからさ、投資ってことで許してよ」

「はぁ……。投資ってなに言ってんだよ」

 深いため息が白い息となってモヤモヤと宙に浮く。眉間に皺の寄った顔で龍馬は頭を掻いていた。


「え? アーシ呆れさせるようなコト言った?」

「あのな、俺は利益を得る目的で愛羅に奢ったわけじゃないんだが。大事にしてるお金を使ってそう思われるのは不愉快だ」

「カ、カッコつけちゃって、マジで……。目の前にお金ぶら下げたらすぐ取るくせに」

「そりゃ取るだろ。ぶら下げるってことは挑発してるってことだ。取られても文句は言えない」


 大学生の龍馬、幼稚な回答である。


「いちお、窃盗だかんね」

「そんな口叩くやつは意地でも黙らせる。そうすれば罪に問われることはない」

「マジの犯罪思考じゃん……。こんなのがセンパイとかマジでヤなんだけど」

「そうだな。ならもう帰れ」


 シッシと手で追い払うようにする龍馬だが鬱陶しく思っているわけではない。息も白くなり、冷えで手先の動きがぎこちなくなっている。

 現在の気温は6度。

 口には出さない龍馬だが、身体を冷やさないために早く家に帰したいとの思いがあった。


「あ、その前に俺のマフラー返せ」

「……このままトンズラできると思ったのに」

「それもマジの犯罪思考じゃん。こんなのが後輩とかマジでヤなんだけど」

「真似すんなっての。ぜんっぜん似てないし」

 文句を垂れる愛羅だが、マフラーを解き丁寧に畳みながら両手で渡してきた。


 こんなにも素直に渡してくれる理由はただ一つ、愛羅は龍馬からの気持ちのこもったダンゴムシをもらっているからだ。

 そう、愛羅の中で優先順位はマフラーよりもダンゴムシが上になっていたのだ。


 愛羅の家庭事情を知らぬも者からは誰からも理解されることはないだろう。

 マフラーよりもガチャガチャのダンゴムシが上に来る訳を。


「あと、そのマフラーにアーシの匂いついてるからって変なコトに使わないでよ? ……な、涙もついたしすぐ洗濯して」

「変なことに使うってナニに使うんだよ」

「知った口でソレJKに言わせようとするとかセクハラじゃん。こんなのがセンパイとかマジでヤなんだけど! 二度目だかんねコレ」


 お互いの距離感を掴んでいるからこその下ネタを含んだやり取りができる。

 ——そして、相手が傷つかないような冗談も言える。


「言わせてもらうが愛羅の匂いで興奮すると思ってんのか? 良い匂いならまだしも」

「それアーシが臭いって言ってんの!? めっちゃ失礼じゃん!」

「どーだかな」

「うっざ! マジうっざ!」

「ほら怒ったところで帰れ。外も寒いし風邪引くから」

「厄介者扱いすんなし!」


 再来のシッシを放った龍馬に案の定アイラは噛み付く。


「あと最後に、俺のダンゴムシ大事にしてくれよ」

アーシの、、、、だんごむしだしバーカ! 言われなくても大事にするつもりだし」

「それならいい。俺の500円がかかってるんだからな」

「あと気持ち、、、ってね? 恥ずかしがらずに言えばいいのに」

「気乗りしなかっただけだ。……じゃあまた来週な愛羅」

「ん……また」


 別れの挨拶を交わす2人。

 軽自動車が一台過ぎ去り、冷えた風が刺す。


「……」

「……」

 そのままお互いが見つめ合い——10秒。


「いやなにしてんだよ。早く家入れって」

「どう考えてもココはセンパイを見送るところっしょ。アーシ間違ったことしてないし」

 間の空きがない会話のキャッチボールが一度行われた。


「俺はJKなんぞのお子ちゃまに見送られても全く嬉しくないんだが」

「そうやってワザと失礼なコト言ってアーシを怒らせようとしてるのは分かってるかんね? アーシを早く家に帰らせるためにさ。……ってか、さっき『外も寒いし風邪引くから』って本音漏らしてたし」

「……本音とか漏らしてないんだが。幻聴だろ」


 実際のところ龍馬には全く心当たりがなかった。だが心情をズバリと言い当てている辺り口を滑らせたことは間違いないこと。

 証明写真のような真顔で対応している龍馬だがその内心は——


(やっべ、うっそだろ!? 俺口に出してた!? もぉぉぉおおお恥ずかしいんだけど!)

 なんて年甲斐にもない感情が爆発していた。


「でも、アーシもココは引けないってね。今日はホントに楽しかったし、感謝してる。バイトあったのにこの時間まで遊んでくれたり、さ……? お礼言っても足りないのは分かってる。だから……その……えっと、お見送り……させてください」

「……ッ!」

 初めて聞いた愛羅の丁寧な言葉遣い。緑の双眸が龍馬めがけて向けられる。

 どうしてもお見送りしてやる。愛羅の強固な意志はオーラとなり龍馬に伝った。


「じゃあ……もういい。けど、ドラマのように振り返ったりしないからな?」

「失礼なセンパイだからそれくらい分かってるし。……マ、センパイの気持ち汲み取って早く家には入ってあげるからさ。ほら、外も寒いし風邪引くから早く帰れっての」

「最後まで上から目線かよ……」

「にしし」

「変な笑いだなおい」


 別れはもうすぐ。話の流れからそう分かっているはずなのに、愛羅は今までにないくらいの明るい笑顔を見せていた。


 それだけで龍馬は今日、愛羅と出かけて良かったと感じた。


「じゃ、今度こそまたな愛羅」

「ん、またね——」


 小さく手を上げた龍馬は愛羅から背を向け、マフラーを巻きながら足を進めた。


「——りょーま、センパイ」

 最後、その声を本人が聞くのは次会う時である……。



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