第25話 愛羅の意外な一面と照れ
「は!?」
「いきなり『は?』ってどしたのセンパイ」
龍馬と愛羅はイオン前にあるバイキングレストランに足を運んでいた。
ファミレスを提案した龍馬だったが、愛羅は首を振って一言、『バイキングがいい』と言ったのだ。
バイキングレストランは平日と休日でコースの値段が500円変わる。
今回選んだのは2000円の100分コース。
龍馬にとってお高めの金額だがあの契約を交わしている以上、決定権は愛羅にある。
そうしてバイキングレストランに来店したわけだが——
「やっぱバイキングっていいねー! 好きなものばっかりでさ!」
「……」
龍馬の目の前には信じられない光景が写っていた。
大盛りのカレー。大盛りのきのこご飯にお味噌汁。
一口で食べられるか食べられないくらいの立派な唐揚げが6つと照り焼きチキンも6つ入った大皿が一つ。
その他、グラタンとピザが半分づつに分けられた大皿が一つ。
バター醤油パスタの大皿が一つ。
和風ドレッシングがかかった山盛りのサラダの大皿が一つ。
「嘘だろ……それ」
そう、これは龍馬のものではない。
計7皿。愛羅が取ってきたものだ。
「あ、ちゃんと配慮はしてるかんね? 周りの人も取れるように多いやつ取ったし」
「そ、そうじゃなくて……だな」
「そうじゃないの?」
「……愛羅、確かにここは食べ放題だが残し放題っていうわけじゃないんだ。お金を払う分、そこは自由って意見も分からなくはないけどお店側は経済的、特に心情的ダメージを負うわけだから……少し考えた方がいいんじゃないか?」
何度も立つのが面倒くさいから、空腹度を考えずにてんこ盛りに取ったのだろうとの考えた龍馬。
最近のバイキングは残したら追加料金なんてところもある。この店は当てはまっているわけではないが、残さないように工夫するのが店側にとって優しい対応である。
「アーシもったいないことはしない主義だけど?」
「え? じゃあ、それ……その量、食えるのか?」
グラタンやサラダはどうにかなるかもしれないが、それ以外はかなり重い食べ物だ。満腹時、食べたくない物ランキング上位に食い込むことだろう。
「食べるから取ってきたんだし。アーシ、これ食べ終わったらデザートも行くつもり」
「デザート!? 胃、破裂するぞ……」
「アーシの胃、けっこー消化早いんだよね。言ってなかったっけ?」
「結構早いとかそんなレベルじゃないだろ……」
まだ序盤ともあって龍馬は大皿一つしか持ってきていない。
愛羅との差は歴然である。
「今、愛羅の皿を4度見した客いたぞ」
「センパイもびっくりっしょ? こんな食べるJKってさ」
「あ、あぁ……。それでよく太らないよな。ありとあらゆる方向に喧嘩売ってる体質だ」
「太るって言えば太るけど? アーシのココ柔らかかったっしょ?」
大きな胸に手を当てニンマリする愛羅。
「やめろ。食事中だ」
「まだ食べてないじゃん! ってか汚い話じゃないし!」
「気分が害される」
「ソレ失礼だしっ!」
柔らかかったと肯定するわけにはいかない。愛羅に抱きつかれた時の動揺をここで出すわけにはいかない。これは年上の意地みたいなものだ。
「まぁ、ファミレスに行かなかった理由はわかったよ。結果的にこっちの方が安くなるからなんだな」
「それもあるけどさ、今はランチタイムっしょ? 忙しい時間にファミレスで6品7品いきなり頼んだらお店パンパンになるし、別で注文してる人を待たせることにもなるじゃん? そうなるのがわかってるからセルフで食べれるトコ選んだ」
——理にかない過ぎた意見。
「……愛羅、年齢偽ってないか?」
「どこからどー見てもJKでしょ」
容姿からは想像もつかない気遣い。大学生の龍馬でもここまで
当たり前に言っているあたり本当に関心だった。
人は見た目で判断してはいけないとは言うが、まさにその通りである。
「ってか早く食べよ。時間なくなるのヤだ」
「はいはい」
「って、あー……やっちゃった。お箸とか持ってき忘れた。取ってくる!」
ここで龍馬を使おうとせず自分で取りに行こうとするのが愛羅らしいところ。
「愛羅の分も取ってきてあるぞ。箸だけだが」
最初に料理を取り終わった龍馬は、愛羅が箸を持ってきていないと気づき、
「さっすがお兄ちゃん。スプーンとフォークも持ってきてればちょー評価上がってたけど」
「愛羅がそんな食う相手だって分かってたら持ってきてたよ」
「でも、お箸あんがと。なんかコレ使ったらめっちゃ美味しく食べられそ」
「どれも一緒だろ……」
愛羅の真意に龍馬は気づかなかったが、心の底からの感謝だと言うことは分かった。愛羅は八重歯を見えた笑顔でスプーンとフォークを取りに行った。
お箸を持ってきてもらえる。準備してもらえる。
高校生なら誰だって体験していること。当たり前に近いこと。だが……愛羅は違う。
両親が仕事の関係で家には帰ってこない分、愛羅はいつも1人で、1人ぼっちでご飯の準備をしている。
お箸を持ってきてもらえる。その皆が当たり前に感じていることを愛羅は3年ぶりに体験できたのだ。
『たったこれだけで?』なんて思う人もいるだろうが、愛羅のとっては本当に嬉しい出来事である。
****
(マジで食うつもりなんだな……)
30分ほど過ぎたくらいで愛羅が取ってきた大皿は4つ空になっていた。それでも食べるペースは一向に落ちていない。目の前でフードファイトを見ているようである。
「……美味しそうに食うのな」
驚嘆も未だ残りつつ、幸せそうに料理を頬張ってる愛羅を見て気持ちの良い気分になる。初めて知った愛羅の一面はなんとも微笑ましかった。
「……こんなに食べるトコ見せるの、パパママを除いたらセンパイが初めてなんだよね」
「初めて?」
「そ。やっぱいいね! 隠さないのって。めっちゃ気が楽って言うか」
「学校の昼飯とかもこうじゃないのか?」
「うん、友達に合わせて加減して食べてる感じ。満腹にならない分、午後の授業で眠くなることはあんまないけどさ」
「そ、そこまで隠すことじゃないと思うけどな。確かに驚かれるだろうけどその程度だって」
「センパイならそう言ってくれるって思ってた。あ、お兄ちゃんなら……か」
サラダを食べていた手を止めた愛羅はティッシュで口を拭きながら目元を綻ばせた。
「お兄ちゃんはそう言うけどさ、ふつーは引くっしょ? ガッコでアーシだけこんな量食べてたらさ」
「……まぁ、初対面ならそうかもな」
「うっわー、そこ否定してくれてもいいじゃん。空気読むところだって」
「上部だけの返事は愛羅が悲しくなるだけだろ? 大事なのはどう解決していくかだ」
「……お兄ちゃんのくせに大人ぶんなっての、バカ」
「嬉しそうに暴言吐くなよ。あともう一つ、俺は
大学2年の龍馬はもう成人している。愛羅とは4つほど年が離れている。
「マ、もう解決してるから上辺でもいいけどね?」
「嘘つけ」
「ホントだって。……アーシはお兄ちゃんにさえ引かれなければじゅーぶんだからさ」
「……」
「……な、なんか
「なんで自分で言って照れてるんだよ……」
「別に照れてるワケじゃないしっ! 勘違いも
両手をバタバタして顔に風を当てながら言う愛羅。これ以上説得力のない回答があるのだろうか……。そう龍馬は感じていた。
その10分後。愛羅に落ち着きが戻った頃合いで、龍馬は自身の中で思っていたことを伝えることにする。
先輩の立場として、お兄ちゃんの立場として。
「愛羅、食べながらでいいから聞いてくれ」
『コク』
もぐもぐ口を動かしながら頭を一度だけ縦に振る愛羅。
「これは俺の意見だが、大食いってのは別に隠すことのものでもないんじゃないか?」
まだ口の中に食べ物が残っている愛羅は、首を傾けて『なんで?』とジェスチャーを送った。
「俺、家じゃ料理作るんだけど姉が少食で……まぁ、こればっかりは文句の付けようもないんだけどさ。この現状な分、俺の手料理を愛羅のようにたくさん食べてくれる人がいたらいいなって思いが多少なりにあってな」
「……」
もぐもぐしていた口が止まる愛羅。
「俺だけに引かれなければいいってのは悪い考えじゃないけど、学食で料理作ってる人は、愛羅の食べっぷりを見る人は、俺みたいに元気がもらえるってことを知ってほしいかなって」
「……」
『ごっくん』
そのまま飲み込み、無言で飲み物を煽る愛羅。
「まぁ、中には引く人もいるだろうけど、それは全員が全員好意を持ってくれるわけじゃないのと同じだ。愛羅の友達はきっと理解してくれるよ。悪いことは何もしてないんだから」
「…………」
「だから無理すんな。パンクしたら身も蓋もないぞ」
愛羅の頭を撫でるなんて選択肢も浮かんでいた龍馬だが、そんなやり手のようなことはできない。
その代わりに、照れ臭さを我慢した笑みを愛羅に送った。
『そ。やっぱいいね! 隠さないのって。めっちゃ気が楽って言うか』
その言葉を吐き出した時の愛羅のスッキリとした表情。周りに合わせるという食事制限がどれだけ辛いかを物語っていた。
それだけでなく、愛羅がずっと我慢し続けている家庭環境。まだまだ吐き出していないことはあるだろう。
我慢強い愛羅だが、いつか耐えられない日がやってきてもおかしくないのだ。
こんな関係になった以上は、何かしらの改善をさせたいという想いが龍馬にはあった。それがこうしたお節介に繋がっているのである。
「……お、おせっかい過ぎ……だし……」
「お兄ちゃんとして当然だろ。愛羅は大事な妹だ……って恥ずかしいことばっか言ってるけどな俺!?」
「そうだし! うっざ! バカ!」
愛羅はいきなり立ち上がった。脱いでいたマフラーを手に取り、顔を隠しての汚い言葉の連発。
「お、おいどこ行くつもりだよ!」
「お手洗いっ!」
そんな愛羅は声を荒げてトイレに駆け込んでいった。
「え、こ、これ……ヤバイやつ……?」
何が理由で怒ったのか全く検討がつかない。頰を掻きながら難しい顔をする龍馬はお冷を口に含むのであった……。
愛羅の両耳が熟れたイチゴのように真っ赤になっていたところを見れたのなら、ヤバイやつでないことは十分に察することができたであろう。
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